乾いていた心の中に、自分自身の言葉が響いてゆく。
ふと、姉さんの顔を見ると、
姉さんは、私の言葉を噛み締める様に目を瞑り、
「…ありがとう…トルタ」
少しだけ微笑みながら、そう言った。
『ごめんなさい』
それは、何度も聞いた言葉。
それは、何に対しての言葉だったのだろうか。
悲しいと思ったことがあった。
辛いと感じることがあった。
私は今まで、何を悲しいと感じて、
そして何のために涙を流してきたのだろう?
『クリスのことが好き』
全ての理由はそこにあって。
でも、そこには理由なんていらないはずだった。
誰かを想うことは、悲しみであるはずは無いのに。
その「感情」に押し潰されそうになって。
それでも、それを捨てることはできなかったんだ…
それ以上、姉さんは何も話そうとはしなかった。
…その後のことは、何も聞かなくたって、私にはもう理解できる。
――アルにはクリスが必要で。
――クリスには、アルしかいなかった。
それが答え。
「そう…そうなんだ」
いつの間にか、私たちを照らしていた月を見上げて、
私はそう呟いた。
さっきまであんなに昂ぶっていた感情も、
今はもう、どこかに消えてしまっていた。
(それで…いいんだよね?姉さん。)
この街の、夏の始まりも近い七月。
夜に吹く風は、まだ、少し冷たかったけれど。
私の胸は、どうしようもなく温かいものに満ち溢れていた。
「ねえアル。一つだけ聞きたいんだけど…いいかな?」
小さく頷く姉さん。
「アルが、クリスを好きになったのって、いつ頃?」
それは姉さんに対する、私の最後の問いかけだった。
私が知らなかった、姉さんの秘密。
どうしてもそれだけは、知っておきたかったから。
「…それは」
少しだけ口篭ってから、姉さんはゆっくりと話し出した。
「はっきりとは覚えてないわ…まだ小さい時だったから、ほとんど、子供の時の漠然とした気持ちだったから…でも」
「…昔ね、私がこの川でおぼれたことがあったでしょう?」
「私、トルタみたいに上手く泳げなかったから、いつも二人を離れて見ているだけだったんだけど」
「二人に近づこうとして、つい川に足を滑らせてしまったことがあったの」
「底に足がつくことも分からないで…必死で助けを呼んだっけ」
目を瞑ると、遠い記憶の中に埋もれていたその風景が、ゆっくりと映し出される。
思い出した。
そう、あの時。
姉さんが川に落ちて、私はすぐに気付いて助けに行こうとしたんだ。
でも、そんな私よりも早く、姉さんの下へ駆け寄ったのは…
「……その時に私の手を掴んでくれたのが…クリスだったんだ」
「…そうなんだ」
(なんだ、それじゃあ…)
(それじゃあ、私と…)
その光景を思い浮かべて、私は少し嬉しくなった。
クリスがアルを好きになる、ずっと前から、
私はクリスのことが好きだった。
そしてアルも、クリスがアルを好きになる、
ずっと前から、クリスのことが好きだったんだ。
「私たち…似たもの同士だね?」
私は姉さんに話しかけた。
すると、姉さんは…
「…そうだね」
そう言って、微笑んでくれた。