「アル、トルタ!」
遠くの方から、私たちを呼ぶ声がした。
――クリス。
クリスは私たちの姿を見つけると、急いで駆け寄ってくる。汗まみれのクリス。
走って町中を探し回ったのだろうか?
「良かった…急に出て行くから心配したんだよ…」
クリスは私たちの前に来ると、
息を切らしながら、本当に心配そうに言った。
「…トルタ」
と。
「………え?」
その言葉に、私は一瞬耳を疑った。
クリスはそう言って、私を見つめてきた。
アルではなく、この私を。
「…トルタ…その、僕は…何て言えばいいのか、わからないけど…」
少しだけ口ごもるクリス。そして…
「ごめん…トルタ」
クリスは、私にそう言った。
まるで…そうすることしかできないかのように。
「クリス…」
そうして、やっと気付いた。
(ああ そっか…)
(クリスも 同じだったんだ…)
「本当に…不器用なんだから…」
そんな姿を見て、私はつい笑ってしまった。
クリスはいつも優しくて、そのせいで私たちを困らせたこともあった。
『誰にでも優しくできる』ということは、時には残酷なことでもあるのだから。
けれどそんなクリスの優しさに、私は…私たちは、惹かれていたんだ。
そう、クリスは優しすぎたんだ。
こんなにも残酷で冷たい雨が降る、この世界で。
(……その優しさが…どれほどまでに辛くて)
(そして嬉しかったのか…クリスは、まだ気付いていないんだね)
(でも、クリスはそれでいいと思うよ)
「……クリス」
私はクリスに向かい合い、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
「トルタ…」
何かを言おうとするクリスを目で止めると、
一度だけ、大きく深呼吸をした。
(だって、それがクリスの良い所でもあるんだから)
――心の中で、自分の思いを噛み締める。
緊張していなかったわけじゃない。
クリスを目の前にして、心はまだ迷っている。
今だって、泣き出したいくらい怖いし。
全てを忘れて逃げてしまいたいという思いもあった。
(でも、私は…)
私は、少しだけ姉さんを見る。
優しく微笑む、その笑顔を。
(ううん、これは、姉さんに言われたからじゃない)
(私がしたいから、そうするんだ)
「クリス…私、ずっと言えなかったことがあるの」
「それを、今から言うね」
「ちゃんと聞いて?そして…答えを教えて?」
クリスは、小さく頷いた。
「クリス……私ね」
「私、クリスのことが好き」
「誰にも負けないくらい、本当に…本当に…!」
『大好きなの……!』
私はクリスに、そう言った。
それは、全ての理由を取り払った、本当の心。
三年間…ううん、それ以上、ずっと前からの……
――――私の思いの…全てだった。
「トルタ…」
クリスは、私の言葉を最後まで聞くと、
少しだけ間を置いて。
『…ありがとう』
と、そう言った。そして、
『…それと………ごめん』
と。
クリスの言葉に込められた思い。
そこには、どんなに長い手紙にも書き切れないほど
たくさんの謝罪と、感謝と、そして、愛情があった。
その時の私は…それを確かに、感じることができた。
「………うん、わかったよ」
そう答えて。
私は、自分が涙を流していることに気付いた。
「あ…あれ?」
「まただ、私…どうしてかな?
……悲しくなんて、ないはずなのに」
「トルタ…」
「違うよ…これは、だってクリス。
これは………嬉し涙だよ…」
私は必死でその涙を拭う。
でも、それはどうしても止まってくれなくて…
「クリスが…私の思いに真剣に答えてくれて…
本当に…本当に私…嬉しかったから…」
だから…本当に、どうしようもなくて
――クリスが抱きしめてくれるまで、
――――私は…泣き止むことができなかった。
「…ごめん、もう大丈夫だよ」
クリスの腕の温もりの中に、いつまでもいたかったけれど。
私は顔を上げ、そして微笑んだ。
もちろんそれは偽りじゃなく、本当の私の笑顔だった。
「クリス…泣きついちゃった、わがままついでだけど」
「私、一つだけ……クリスにお願いがあるの」
そして私はクリスに伝えた。
たったひとつだけ、わたしのわがままを。
「クリス…私、クリスのことを、これからも好きでいて…いいかな?」
「クリスを、ずっと好きでいて…いい?」
すると、クリスは微笑みながら答えてくれた。
「…うん。もちろんだよ」
「僕だってトルタのことが…大好きだから」
「……ありがとう」
私の願いも、クリスの答えも。
初めに私が言った『好き』という言葉の意味とは少しだけ違っていた。
けれど、そんなことは今更、なんの問題でもない。
そう、その時に私は本当の意味で見つけることができたんだと思う。
失われてしまった、三年と言う時間の空白を埋めるものを。
私の大好きな、クリスと姉さん…そして…
「…大好きだよ、クリス、アル!」
そんな二人を誰よりも大好きだと思える。
自分自身の 幸せを。