『空の向こうで』 #4


トルタヘ。

そちらも、元気に過ごしていますか?
私たちの方も、相変わらず毎日が賑やかです。

来週はいよいよ、演奏会の日だね。

ピオーヴァに生徒たちを連れて行くのは初めてのことだから、みんなとっても楽しみにしているの。

一番そわそわしているのは、クレッシェンテかな?
楽しみ過ぎて、授業にも身が入っていないみたい。
「トルタお姉さんの歌を早く聞きたい!」って。
でも、その思いは私も同じです。

どうしても日帰りになっちゃうから、
落ち着いて話すことはできないかもしれないけれど、
久しぶりにトルタに会えるのを、
私もクリスも、とても楽しみにしています。

そちらも本番前で忙しいと思うから、今日の手紙はこのくらいで。
積もる話は、演奏会の後にできたらいいなと思っています。

私たちはいつも、トルタのことを応援しています。
それではまた、ピオーヴァで。

アリエッタ


 

私は姉さんから届いた手紙を読み終えると、
丁寧に畳んで、引き出しの下にしまった。

クリスとアルから定期的に届く手紙は、今はもう引き出しの中には入り切らず、古いものは大きな箱に入れて保管してある。

年に一度、この国の複数の楽団が集まり開かれる大きな演奏会。
その演奏会で、私は今年、歌手の一人として歌うことになったのだ。

ピオーヴァで暮らし始めた私は、プロの楽団に所属し
今は歌手としてそれなりに成功していた。

「ピオーヴァの二輪の花」とも称される内の一人
ファルシータさんにはまだ及ばないけれど、
私は私のペースで、歌を歌うことを続けている。

 

私がピオーヴァで暮らし始めてからも、沢山のことがあった。
嬉しいことも、悲しいことも。

クリスと姉さんの間に子供が生まれたのは、
その嬉しいことの最たるものだった。

『クレッシェンテ』と名付けられた女の子。
彼女は元気に成長し、私のことを「トルタお姉さん」と呼んで慕ってくれている。彼女は歌うことが大好きで、将来は私のような歌手になりたいと言っているようだ。
姉さんに似たのか、歌は…まだ、あまり上手くはないけれど。音楽を心から楽しむ才能は、教室の中でも一番だって、姉さんは笑って言っていた。

悲しいことと言えば、ニンナおばあちゃんが亡くなったこと。
もう2年前になるけれど、お婆ちゃんは自分の家の居間で椅子に座りながら、眠るように亡くなっていたのを、マイヤーさんが見つけたという。

そのほんの二日前、クリスとアルはクレッシェンテを連れて、おばあちゃんに会いに来ていた。私も途中から加わり、一緒に食事をして、クレッシェンテも含めてみんなで歌も歌った。

それが、おばあちゃんとの最後の思い出だ。

でも、永遠の眠りについたおばあちゃんの顔は
とても穏やかで…幸せそうだった。

プロの歌手としての日々も、それなりに苦労は多い。
駆け出しの頃は、小さな町の酒場や学校での仕事にも積極的に出向いて、経験を積んでいった。アルバイトをやらなければ生活が厳しい時期もあった。

ようやく独り立ちできるようになったと感じたのは、割と最近のことだ。次の演奏会での評価も、私の将来に大きく関わってくるだろう。

でも、そんなプロの生活も辛いことばかりじゃない。
楽団の先輩たちは、私の面倒をよく見てくれたし
後輩を持つようになってからは、私も責任感を持って導いている。

ただ、最近私のパートナーとしてよく組んでいる後輩とは、正直あまり馬が合わない。
フォルテール奏者として、外国からわざわざピオーヴァにやって来た情熱は認めるけれど、デリカシーがないというか、行動力がありすぎるというか…

「ま、それがあの子の長所でもあるんだけどね」

そんなひとりごとを呟きながら、
ピオーヴァでは高層に位置する部屋の一角で
私は今日も歌の練習を始める。

三日後の演奏会のために、
クリスとアル、音楽教室の生徒や、
クレッシェンテのために。
そして、演奏会に来る…全ての人たちのために。

 今の私にできる最高の歌を、届けるんだ。

歌を歌いながら、ふと窓の外を見る。
そこから見えるピオーヴァの空は

今日も青く、澄み渡っていた。

 


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