旅は、楽しいことばかりじゃない。
お腹を空かせた夜もあったし、野宿で震えながら朝を迎えたこともある。
危ない目にだって、何度か遭った。
けれど、旅の途中で出会った人たちが、私を助けてくれた。
名前も知らない旅人がパンを分けてくれたこと。
一晩だけ屋根を貸してくれた老夫婦の笑顔。
街角で立ち止まり、私の歌を聞いて拍手してくれた人たち。
それでも…どうしても一人じゃだめな夜は、小さな箱を開けた。
結局、持ってきてしまった、あのオルゴール。
姉さんとクリスと一緒に歌ったメロディーを聞くと、
どんなに寂しくても、一人じゃないと思うことができた。
人の流れの中で、時間も少しずつ流れていく。
辛いことも嬉しいことも、歌と共に思い出へ変わっていった。
旅の始まりにあった、クリスへの想いと二人への罪悪感も、少しずつその重さを減らしていった。
完全に消えたわけじゃない。
でも、それはもう足を止める理由にはならなかった。
旅を続けるうち、私は気づかぬまま故郷の国へと近づいていた。旅に出てから四年以上が過ぎ、私の国でも有名な隣国のとある滝の前に辿り着いた頃。
――私は、ある確信を得ていた。
クリスの卒業演奏の、目に見えないパートナー。
クリスが言っていた「いつか私にもわかる時が来る」という言葉の意味。
あの時、姉さんが言わなかったこと。
それは人に話せば笑われてしまうような、おとぎ話のようなものだった。
確かな証拠もなく、理屈で説明できるわけでもない。
でも、もう一度クリスと姉さんと……三人で音を重ねれば、きっとその答えを得ることができる。
そんな予感があった。
大切なのは、秘密にしていた内容じゃない。
二人はなぜ、言わないことを選んだのか。
その理由に思い至った時、
私の足は故郷へと向かっていた。