短編小説集紹介<Ⅱ>

※注意:この先の文章はシンフォニック=レインの物語の重大なネタバレを含みます。
全エンディングをクリアしてから、お読み頂けるようお願いします。


◆目次◆
◆To Coda
◆雨の街の円舞曲
◆飛べない妖精
◆Encore
◆20年後のあなたへ


◆To Coda

『人は、恋をすると変わるんでしょうか』

この短編は「三人目のマリア」から地続きの物語となっており、アーシノがエスクと立ち去った演奏会の直後から始まります。コーデルの視点で進められるそれは、リセやファル、そしてグラーヴェの変化の様子を詳細に伝えてくれます。

演奏会で高く評価をされ、今すぐにでもプロ入りが可能なファルでしたが、彼女は「リセが卒業するまで待つつもりです」と言います。プロのスカウトを断ったのはグラーヴェの判断でしたが、プロ入りはもはや時間といえる状態になっていました。

リセ・ファル・グラーヴェと4人で食事をするコーデル。その後、酔いを覚ますために学院に忘れ物があると嘘をついたコーデルに、3人は付き添うことになります。レッスン室で突如始まったリセの演奏と、グラーヴェの真剣な指導。そしてグラーヴェ自身の、万人を引き付けるフォルテールの演奏。

重厚な美しい調べの中で、ファルとコーデルは明らかなグラーヴェの変化を察します。エスクといた短い時間の中にのみ存在した「幸せの音色」。それを今、娘であるリセルシアの影響で、彼は取り戻そうとしていました。

ファルからのエスクについての質問、そしてアーシノの選択。それを「逃げ出した」と呼んだファルも、停滞を否定し変わった彼の選択を「それが、絶対に悪いことだとは言えない」と語ります。

恋をするような顔をしているとのファルからの指摘に顔を赤くするコーデル。なぜフォルテールを弾いているのかという、かつて彼から受けた質問を彼に問いかけるコーデル。そして、グラーヴェから切り出されたエスクの話。

『次は、ドレスをお借りすることにします』

演奏記号コーダ、曲の終わりに付け加えられる終始部分。始まりの終わり。
コーデルとグラーヴェの関係を見て、ファルは微笑むのでした。

この短編ではエスクの帰郷と変わらぬ姿を知ってもなお、かつての姿に戻りつつあるグラーヴェと。そんな彼を尊敬し、少女のようにはにかむコーデルの関係が主に書かれていると感じました。コーデル自身はとうに捨てたと思っていたグラーヴェへの恋心。しかしリセとファルの存在そしてエスクの存在もが、彼らを繋ぎ、或いは新しい恋の物語が始まるのかもしれない。そんな期待が湧いてくる短編でありました。

また数行のみの描写ではありますが、この短編時点のクリスは故郷の町でトルティニタと暮らしていると書かれているので。al fineエンド後の時間軸であることがほぼ確定しています。


◆雨の街の円舞曲

『きっと、アルなら……アリエッタなら、こう答えてくれるような気もした』

クリスがピオーヴァ音楽院に入学して3ヶ月。年に2回の夏の演奏会の日が迫っていました。トルタはクリスを演奏会のペアに誘います。幼馴染同士の気兼ねのない会話。トルタはクリスの部屋で練習をしたいと言い出します。

クリスは一瞬躊躇しました。部屋には同居人となった音の妖精フォーニがいたからです。しかし部屋にやってきたトルタはフォーニの存在に気付くことはありませんでした。トルタと共に歌い、楽しそうなフォーニ。彼女はまたトルタを部屋に呼んで欲しいと言いました。

入学してからの短い時間だけど、既にフォーニは自分の孤独を埋めてくれていたのだとクリスは心の中で思いました。手紙にはフォーニのことは書けないけれど、いつか大人になった時にフォーニの話をアリエッタにしたら、彼女はどう答えるだろう?クリスは考えながら、アリエッタへの手紙を書き始めます。

『こんなやりとりが、今は大事で、大切で……幸せだった』

クリスは私のことには気付かないけれど、それでも今の自分…フォーニを大切にしてくれていること。トルタとの練習があっても、日曜日だけは開けようとしてくれるクリス。今の自分にとって一番大切な時間である、日曜日のアンサンブルの時間を。

冗談を交えての気兼ねなく、他愛ないクリスとの会話。未来の私たちのことは分からない…だけど今は、そんな時間を。フォーニは心から幸せに思っていました。

この短編はピオーヴァに来てからの三人。クリスとトルタ、そしてフォーニとなったアリエッタの3人の視点でそれぞれ書かれています。世話を焼いてくれるトルタと共に、フォーニという同居人にも感謝の思いを抱くクリス。嘘を隠すために奔走しながら、クリスと歌う時間を何よりも幸せに感じるトルタ。そしてその2人を見守りつつ、自分は何者なのか、何者になれるのかと葛藤しながら、今の時間を大切に思うアル。

それは少年少女と一人の妖精。三者三様の物語の始まりを書いた。もう一つのプレリュード。


◆飛べない妖精

『あるところに、飛ぶことのできない妖精がいました』

かつてアリエッタが読んだ本、短編集『妖精の本』の中でも語られる、ファータのお話。その原典。
ストーリーの大筋は妖精の本のファータの話と同一ですが、ここではファータの友人としてドット、アリー、フェイという3匹の妖精の名前も登場します。
頭の良いドット、いつも優しいアリー、不機嫌そうなフェイ。個性的な三人はいつもファータと四人一緒にいました。

飛べない妖精と皆に笑われても、いつも笑顔のファータ。友人たちに囲まれる生活の中で、夕暮れに木の洞の家のドアから飛び降り、ゆっくりと空を飛ぶように降りていく時間が、ファータにとって一番大切な時間でした。
そして夜は四人で色々なお話をし、ファータの歌と共に演奏会を開きます。

『なら、人間に恋をした妖精の話をしようか』
『あ、それ聞いたことがある。歌声が聞こえるだけではなく、普通に話すこともできたんだって?』

緩やかに流れる時間、しかしファータには死という終わりの時が迫っていました。ファータが倒れた後も、友人たちは彼女に寄り添い、今までと同じ穏やかな時間を作ろうとします。しかし、ある日ファータは立ち上がり「行かなくちゃ」と言い、歩き出しました。

ファータを引き留めようとする3人。それでもファータは全てを受け入れたような顔で、最期に飛ぶために、飛べない妖精ではない何者かになるために。強い風の吹く谷へ向かいます。谷風に乗って飛び上がったファータは、二度と落ちてくることはありませんでした。

ファータの物語の顛末は、妖精の本で語られた通り。
時が過ぎ、4人の中で最後まで生き残って老人になったアリーは、ファータの話を子どもの妖精たちに語り。生まれた場所へと帰ってきました。

この短編は飛べない妖精ファータ、そして妖精という存在がどのように暮らし生きていたのかを語っています。シンフォニックレインの物語の中でも「妖精」といった存在が具体的にどういうものなのかは詳しく語られていません。この短編はそんな妖精という不思議な存在を、少しでも知る手がかりになるもの。妖精となったアリエッタでさえ全容はわからなかった、遠い昔の、妖精たちの物語。


◆Encore

『あ、自己紹介がまだだったね。私はクレッシェンテ。クレッシェンテ・ヴェルティン』

シンフォニックレイン発売から13年後のHDリマスター版にて収録された新しい書き下ろし小説。本編から15年後の世界を描いた物語です。
クリスの娘クレッシェンテと、アーシノの息子アンテリオ。新しく新設されたピオーヴァ音楽院中等部の特別授業で、二人は出会います。

特別授業の講師は、ピオーヴァを代表するフォルテニストとなったリセルシア・チェザリーニ。そして今やその名を知らぬものはいないほど有名な、ピオーヴァの歌姫 ファルシータ・チェザリーニ。
この時点でファルは33歳、リセは30歳。ファルは10年前にチェザリーニ家の養子となったことが語られています。

クレッシェンテの歌声はアンテリオ曰く「下手」、それでも、その調子外れの歌声に翻弄されながら、気づけばアンテリオは彼女とのアンサンブルを楽しんでいました。

授業の後、ファルに話しかけられるアンテリオ。父であるアーシノは13年前にアンテリオをもうけ、ピオーヴァに戻っていました。ただ、今は旅に出ているため会えないとアンテリオが言うと、ファルは、アーシノにまた顔を出して欲しいと伝えるよう頼みました。

リセとも会話を交わしたアンテリオの元に再びクレッシェンテが現れます。世界に名だたる音楽家二人を前にしても物怖じしない朗らかな彼女。それから何回かの特別授業を経て、アンテリオとクレッシェンテの交流は続いていました。

新しくできた寮のお披露目会、新入生の歓迎会での演奏をリセとファルからなぜか依頼された二人。クレッシェンテは快諾し、二人は練習を重ねます。その最中、歓迎会の直前に手を痛めてしまったアンテリオに気づいたクレッシェンテは、本来リセとアンテリオでの二重奏を予定していた所に割り込み、自らがフォルテールを奏でます。

声楽科であるはずのクレッシェンテのフォルテールは、彼女の歌とは違い、聞き惚れるほどの素晴らしい音色でした。すっかりクレッシェンテのペースに巻き込まれ、歌まで歌うことになったリセルシア、楽しそうな新入生達を横目に。ファルとアンテリオは部屋を出て話をします。

クレッシェンテが、かつてファルや父アーシノの友人だったクリス・ヴェルティンの娘であること。彼女のフォルテールには、かつてファルが感じたクリスの音色とは少し違う…しかし本質的には同じだったかもしれない魅力が宿っているということ。

ファルはリセが、アーシノの妻エスクの産んだ娘であったことをアンテリオに伝えます。アンテリオは、母エスクが流行り病で死んだ後。父がファルとリセにこのことを伝えるべきかと誰かと話している様子を見て、自身で色々と調べた結果、ある程度の察しは着いていたと答えます。

『私があの子の、姉だから。例え血が繋がってなくてもね』

まだ母の死を知らないリセにこの話をするべきかと迷うアンテリオに、ファルは優しく言います。血を分けた弟がいると知ったら、きっとリセは喜ぶと。
新しく新設される初等部の生徒は、皆がファルと同じような孤児たちでした。ファルはそんな彼らの親にはなれなくても、姉になりたい。夢を見る孤児たちの力になってあげたいと夢を語ります。

歓迎会の最後、アンテリオはクレッシェンテに呼ばれます。最後に二人でアンサンブルをしよう、と。歌う曲名は「三人目のマリア」。かつてアーシノが妻エスクのために作った、愛のバラード。

楽しい歓迎会の後、アンテリオはクレッシェンテに話したいことがたくさんできました。クレッシェンテもアンテリオに伝えたいことがあるようでした。

『君、歌下手だね』

満面の笑みで、クレッシェンテはそう言いました。

『encore』
あの、素晴らしい演奏をもう一度。
それは彼、彼女たちの歩いた雨の物語の先にあった青空。
ファルとリセの未来、アーシノとエスクの愛。
クリスの娘クレッシェンテと、アーシノの息子アンテリオの出会い。
多くの希望が詰まった、心が暖かくなるお話だと感じました。

ここのレビューで伝えられるのは、encoreという物語のほんの一部です。シンフォニック=レインをプレイしたすべての人達に、この『encore』を、そして次に紹介する短編『20年後のあなたへ』を、是非とも入手して読んで欲しいと心から願っています。


◆20年後のあなたへ

『だから、妖精がいたからでしょ?』

アーシノの息子アンテリオは、ピオーヴァ音楽学院高等部のフォルテール科の三年生として卒業演奏を控えていました。5年前に出会った1つ上の先輩、クレッシェンテのと交流は今も続いていました。クレッシェンテは中等部までを声楽科として過ごし、高等部はアンテリオと同じフォルテール科の先輩として過ごし、卒業後も同じ科の教授の助手として働いています。

「探してみない?妖精を」
妖精についての話をする中で出た、そんな彼女の提案に付き合うことになったアンテリオは、彼女に学院のコンサートホールの舞台袖へと連れて行かれます。そこでクレッシェンテは、こんなことを語りました。

『数年前……いや十年以上前だったかな?』
『卒業演奏で、卒業生のフォルテールの演奏にあわせて妖精が歌ったって』
『まことしやかに囁かれている噂だよ』

妖精の存在には半信半疑のアンテリオでしたが、そこで偶然出会ったフォルテールの調律師レアルタに、妖精についての話を聞きに行くことになります。翌日、レアルタは楽しそうに子供たちの使っているフォーニ社のフォルテールの調律をしながら、店にやってきた2人に妖精の話をします。

無くしたネジが、次の朝目覚めてみるとあるべき場所に戻っていたり。
夜中に眠ってしまったやりかけの仕事が終わっていたり。
妖精はフォルテールの音色が好きなんじゃないか。そんな風に語るレアルタの話を、クレッシェンテは目を輝かせながら聞いていました。

彼女の妖精探しに付き合いながらも、卒業演奏のパートナーを探していたアンテリオにクレッシェンテは「良い人を見つけてあげる」と言います。
どうしようもなくなったら私が歌うから。
もし見つからなかったら、何でも一つ言うことを聞いてもいい。

その代わり、アンテリオの就職先が卒業式までに見つからなかったら何でも一つ言うことを聞く。そう約束し、とりあえずとアンテリオはクレッシェンテとの練習を重ねます。

卒業演奏も終わり、アンテリオの卒業式。
彼はクレッシェンテに卒業後の進路を伝え、花束を送りました。

『あ、そうだ、先輩。覚えていますか?約束のこと』
『え?えー…あー…何でも言うことを聞くっていうやつ?』
『そうです。今更、出来ないとは言わせませんよ』

2ヶ月後、ピオーヴァの旧市街の外れにあるアパートの一室を二人は訪れます。
そこは、今日からアンテリオが住む部屋。アンテリオのお願いは、そこへの引っ越し作業の手伝いでした。

その作業中、クレッシェンテは窓の縁にある小さな傷のようなものに気づきます。そこに刻まれていたのは、ごく小さな文字。かつてこの部屋にいた妖精が残した、確かにここにいたという、存在の証明。

少しの休憩。アンテリオは、ずっと彼女が関心を寄せていた妖精の話について、改めて腰を据えて聞きます。しかしクレッシェンテは「もういいの」と言います。それでは納得できないアンテリオが更に聞くと、クレッシェンテは、前に父親が一度だけ話してくれたことがあったと答えます。しかし、その内容までは内緒として教えてくれません。

『それにね、もういいの。だって』

『お願いは、もう叶ったから』

その後クレッシェンテは、卒業演奏のパートナーも務めた最高の先輩である自分に対し、何か一言ないかと聞きます。アンテリオは少し何かを諦めた様な顔で、彼女にだけ見せる笑みをたたえて、言いました。

部屋には、二人の笑い声がいつまでも響いていました。


20年後のあなたへ。この短編はまさに「シンフォニックレイン」という楽曲のグランドフィナーレに相応しい、希望に溢れた未来に生きる2人の視点で描かれています。クレッシェンテ先輩の天真爛漫さに翻弄されるアンテリオはアーシノとエスクの息子です。ではクレッシェンテは誰と誰の娘なのか。

物語内では敢えて断定されていません。後にSSリクエスト企画にて書かれた新作SSや、それに対する筆者の西川真音さんのメッセージからも察せるように「どちらの娘でもありえる」というのが公式側の答えと受け止めています。

なので以下は”あくまで私個人の考察”です。encoreと合わせた数々の描写を列記すると。
・後に成長するものの、出会った時点では歌が下手であったという点
・クレッシェンテの持つ音の魅力が、かつてのクリスとは異なる「幸せの音色」であるという描写
・アーシノがクリスに言及する場面において「音楽学校をやっている」と言っていること

・『fay』の歌詞「お願いはひとつ」対するアンサーのようにも聞こえる、クレッシェンテの「お願いは、もう叶ったから」という台詞。
・十年以上前の卒業演奏にて、卒業生の演奏に合わせて妖精が歌ったという話
・ファルシータとクレッシェンテの年齢から、クレッシェンテ誕生はクリス19歳時の可能性が高く、後に紹介するSS「ある恋の終わり」の時系列と整合性が高い。

どれも明確な証拠とまでは言えないかもしれませんが、
「ここで描かれているクレッシェンテはクリスとアリエッタの娘である」
と私は考えています。

二人の元で明るく天真爛漫に育てられたクレッシェンテ。父親のクリスから聞いていた妖精の話。彼女はフォーニが窓枠に残した文を見て、彼女の願いはもう叶っていると理解したのだと思います。

妖精は確かにここにいた。そしてその妖精は大切な人に、大切なことを伝えられたのです。

クレッシェンテの「何でも一つ言うことを聞いてほしい」という話は、描写から「アンテリオに自分と同じ道(ピオーヴァ音楽院の講師)を選んで欲しい」ということでまず間違いないでしょう。彼女は卒業後もアンテリオと一緒にいることを望んでいたのです。

先輩と後輩。何でも気兼ねなく話せる親友のような間柄。いつも楽しく朗らかに生きるクレッシェンテと、そんな彼女に付き合い振り回されながらも、彼女だけに向けて笑みをたたえるアンテリオ。
二人の恋の話はまだ始まったばかりかもしれません。しかしその先の未来にはきっと多くの希望が溢れていることでしょう。