短編小説集紹介<Ⅲ>

※注意:この先の文章はシンフォニック=レインの物語の重大なネタバレを含みます。
全エンディングをクリアしてから、お読み頂けるようお願いします。


ここで紹介するのは2024年の年末に工画堂スタジオさん企画にて行われた「SSリクエスト募集キャンペーン」にて、シナリオライターの西川真音さんの手により新たに書き下ろされた短編小説の紹介になります。
工画堂文庫|note さんにて無料で公開されており、またオムニショップさんにて冊子形式『ad libitum(アド リビトゥム)』としての販売も行われる予定です。

シンフォニック=レイン20thHP の西川真音さんのメッセージ、そして上記いずれかの方法で3つの小説を読み終えた上で、以下の私個人のレビューをお読みいただければ幸いです。

◆目次◆
◆妖精の歌と、最後のアンサンブル
◆レクイエムはもう、聞こえない
◆ある恋の終わり

□時系列整理(おまけ)


◆妖精の歌と、最後のアンサンブル

『うん、もう充分だよ』

 この短編集はS=R20周年を記念したSSリクエスト公募企画で採用された1案「フォーニがクリス以外の皆にも見えている世界でのお話」を受けて、シナリオライターの西川真音さんが描き下ろしたものになります。
 フォーニの歌声は原作ではフォーニシナリオを除き誰にも聞こえず、また声に至ってはクリス以外に聞こえていた描写はありません。しかしこのSSでは、卒業演奏間近のフォーニの歌声がトルタ・ファル・リセ・コーデル先生に聞こえていたら?というIFの設定で物語が描かれています。

 12月になってもクリスは卒業演奏のパートナーを決められず、見かねたフォーニが「私がパートナーを決めてあげる!」と言い出す所から物語は始まります。ピオーヴァ音楽院に同行しトルタとファルの歌を聞き、感想を述べたフォーニ。次にリセと会うため旧校舎に向かい、リセが来るまでの間クリスとのアンサンブルを行うことにします。しかしその歌声は、偶然訪れたコーデル先生、リセ、そしてトルタやファルにも聞こえていました。

 姿は見えず声は聞こえないものの、素晴らしい歌声だけは聞こえた3人。対してトルタだけはアルの「声」も聞くことができるようでした。フォーニはトルタの肩に乗り、彼女と密かな会話をします。クリスは敢えてその内容は聞かず、コーデルの促しもあり、フォーニとの卒業演奏を決めることになります。

 一ヶ月に渡るコーデル先生の集中レッスン、そして彼女自身の進退をも賭けたサポートを受け、フォーニとの卒業演奏を無事に終えたクリス。フォーニは最期にクリスと共に歌い「妖精フォーニとしての役割を全うできた」ことを喜ぶかのように、クリスの頬に最後にキスをして、消えていきました。

このSSはあくまでIFの設定ではあるものの、原作の1シナリオとして存在していても全く遜色ないほどの「1つの物語の結末」を書いたものだと感じました。
 フォーニシナリオでもクリスはフォーニとの卒業演奏を成功させますが、このSSとの決定的な違いは「クリスは誰も選べず」「事故の事やフォーニの真実にも気付けなかった」という点。

 クリスのパートナーとして、彼の未来のため『音の妖精フォーニ』としての役割を全うできたアリエッタは「共通BadEND1」などに比べれば満足の行く結末を迎えられたのかもしれません。しかし、それだけでは彼女を青空の下の未来に連れて行くは至らなかった。

 「故郷の街でまた話しましょう」というトルタの素振りから見るに、彼女はフォーニとの短い会話の中で、フォーニがアルだと知り、アルの命がまもなく終わることも知ったのだと推測します。そしてそれはフォーニの歌声に込められた「最後の願い」や「別れ」といった思いを感じ取ったコーデル先生も、双子姉妹の背景を知らずとも、漠然とながら気づいていたのだと思います。

――僕は再び、雨の街へと戻ってきた。
――フォーニと僕を救ってくれた、恩師と会うために。

 最後に僅かに語られる、クリスのピオーヴァへの再訪。
 この時点でクリスは、故郷でトルタから全てを聞かされているものと推測できます。トルタの三年間の嘘だけはでなく「フォーニこそがアリエッタだった」ということさえも。
 クリスやトルタも含め「フォーニがアリエッタである」と気付く描写は原作や過去の短編含め、フォーニシナリオ以外には存在しません。それはこのIFの物語だからこそ起こり得た、1つの奇跡。

 ハッピーエンドとは言えないけれど、ある意味で3人共に「救われた」結末を描いた、優しい物語だと感じました。


◆レクイエムはもう、聞こえない

『ねえ、クリス……どう、思う?』

 20周年記念SSリクエスト公募企画で採用された1案「トルタEND後のお話」。
 アルの葬儀を終えたal fineEND後、クリスとトルタがどんな人生を送ったのか。かつてフォーニとなったアルが願った「悲しみを乗り越え、二人が再び笑える未来」。そんな未来を垣間見ることができる、トルタEND後のIFストーリー。

 クリスとトルタはアルの葬儀を終え、少なくない時間が経った頃、二人は同棲を始め、結婚も果たしていました。トルタはパン屋で、クリスは音楽教室での仕事を始め、しかし彼らの時間は、心は。まだ前に進むことができないままでした。

 そんな彼らの元に届いたコーデル先生からの手紙、かつてアルから届いていたと信じていた手紙と同じレターセットで届けられた手紙に心を揺さぶられるクリス。フォーニのことはトルタには話していないけれど、それでも過去を思い出し涙を流すクリス。
 涙を拭ってくれたトルタを、クリスはアンサンブルに誘います。あれ以来一度も歌っていなかった、トルタとの久しぶりのアンサンブル。彼らの生活は少しつづ変化していきます。

 そしてまた1年が過ぎた頃。トルタは”トルタ”として、クリスに手紙を渡します。そこには彼女の今までの人生のすべてが綴られており、そしてその手紙の最後には、お腹に宿った新しい命について、未来についての話が書かれていました。

突然のアーシノの来訪で、彼もまた新しい恋を見つけたことを知ったクリス。
やがてクリスとトルタの間に「クレッシェンテ」と名付けられる赤ん坊が生まれます。
腕の中にある確かな幸せ。クレッシェンテに聞かせる、二人のアンサンブル。
ずっとクリスの耳の奥で鳴り続けていたレクイエムは、ようやく…聞こえなくなっていました。

 このSSはal fineシナリオの後日談です。長い時間(4~6年程度と推測)を経て、娘を授かり、歌を聞かせるクリスとトルタ。この時間は二人が背負った「罪」を受け入れ乗り越えるために必要な時間であり、娘に聞かせる歌は、アリエッタを失った痛みと悲しみを癒やすものでありました。

 鎮魂歌は亡くなった人のためだけではなく、残された人のためのものでもあります。al fineシナリオ、そしてその後日談であるこのSSの中でも、二人はついぞ「フォーニとなったアルの思い」を知ることはありませんでした。
 しかしそれでも、その真意を知らないままであっても。二人はアルの最後の願い、すなわち「悲しみを乗り越えて、また二人が笑えるように」という願いを、叶えられたと言えるでしょう。

 そのためには時間が必要であり、二人の心は長く立ち止まっていました。しかしトルタの妊娠、トルタからの手紙、アンサンブルの再開、そしてクレッシェンテの誕生という未来を歩む中で、ようやく二人はその青空へと辿り着いたのです。

 SS内で語られる事柄のみを並べると、同棲、結婚、妊娠、出産と、結ばれた二人に新たな日常が訪れただけのようにも見えます。しかしSS内に散りばめられた登場人物の心境描写はとても巧みであり、それらの出来事を”単なる幸せ”と描写するのではなく、とても大切なものを失った心の空白を、時間と歌と愛で少しずつ埋めていく、そんな二人が幸せな未来を歩むための、祝福と贖罪の物語であったのだと、私は感じました。

 


◆ある恋の終わり

『ううん。私は、もう少し長いかな。クリスの……えっとクリス先生の音楽教室が始まってから、初めての生徒だから』

 20周年記念SSリクエスト公募企画で採用された1案「アリエッタEND後のお話」。
 フォーニシナリオ グランドエンド後に、音楽教室の先生となったクリスとアリエッタ、そしてトルティニタの様子を、彼の生徒である少女「ミーナ」の視点で描いた物語です。
 フォーニシナリオのエンディングでも示唆されていましたが、アリエッタは3年間の昏睡から目覚めリハビリを終えた後、クリスと結婚します。そして彼の音楽学校の最初の生徒として音楽を楽しみ、また、幼い頃からの夢だったパン屋を、母親と共同で開くことも叶えました。

 10歳のミーナは、幼馴染の男の子ドナートと共に、クリスの開いた音楽学校の生徒として学び始めます。クリスの奥さんでありながら、自分たちと同じ生徒としてクリスに音楽を学び、歌を歌うアル。その決して上手くはない独特の歌声に驚きながらも、クリスのフォルテールの美しい音色、アルの焼いてくれる美味しいパン、そして淡い恋心を抱いているドナートと共に、音楽教室を楽しみます。

 それから2年が経ち、クリスとアルの娘である幼い少女「クレッシェンテ」が後輩の生徒としてその輪に加わります。
 教室の隅にあるコルクボードに貼られている、外国の風景が描かれた絵はがき。ミーナはそれが毎年一枚ずつ増えていっていることに気付きます。誰かからクリス先生たちに送られている絵はがき。それを見るクリス先生の横顔からは、幸せでありながらも、どこか泣き出したくなるような…言葉に出来ない感情を感じ取りました。

 更に三年近くの時が流れ、ミーナは自身の未来の岐路に立ちます。ピオーヴァ音楽院に進むのか、それとも、ドナートのいる故郷の町に残るのか。
そんな冬の日、教室にアリエッタそっくりの女性が尋ねてきます。

 5年間の旅から帰ってきたトルティニタ、それを知ったアリエッタは涙を流しました。ミーナは彼らに何があったのかは知りません。なぜ五年間もの長い間、旅に出ていたのか。なぜクリス先生やアリエッタさんは、彼女のことを一度も話さなかったのかも。

『よかった……ほんとうに、よかった…』

 しかし、再会した3人の奏でるアンサンブルを音楽教室の扉越しに聞いたミーナは、心からの安堵の感情を覚え、そして自らの未来を決めます。それは「ある一つの恋の終わり」であり、新しい未来の始まりでもありました。

 このSSのタイトルにある『恋』には2つの意味があると思います。1つは「ミーナとドナートの恋」。SSの中でミーナは入学当初からドナートに恋心を抱いていることが描写されています。フォルテールの才には恵まれなかったものの、音楽を、歌を何よりも愛したミーナ。彼女がピオーヴァ音楽院への進学を迷っていたのは、実家の家業を継ぐことを決めたドナートがいる、この街に留まるという選択肢があったからでしょう。

 けれど、クリス・アル・トルタのアンサンブルを聞いた彼女は、改めて自分の大好きな「歌」のために、遠くピオーヴァに向かうことを決意します。それはドナートとの別れを意味するものでもあります。
 それはミーナが「歌のためにドナートへの恋を終わらせた」という解釈が妥当ですが、個人的にはドナートもまたミーナに恋をしており、ミーナが自分のいる故郷よりピオーヴァを選んだことが「ドナートのミーナへの恋の終わり」になった。という解釈も充分に可能ではないかと考えます。

 そして、もう一つの「恋の終わり」

 明確には語られていないものの、このSSでのクリス、アル、そしてトルタの5年間に何があったのかを、いくつかのヒントと状況描写から時系列を整理しながら考察してみます。

①20歳になったばかりの時点でアリエッタはクリスと結婚済
→この時点でクリスは音楽教室の再開、アルはパン屋の営業を開始したばかり。過去の短編集での考察でクリスと双子姉妹の誕生日は初春から春。クリスが帰郷し、アルが昏睡から目覚めたのは18歳の誕生日前後。そこから約2年が経過した春。

②その2年後にクレッシェンテが生徒として音楽教室に参加。
→舌っ足らずながらミーナとしっかり会話ができ音楽を習えている時点で最低でも2歳以上、3歳程度と推測。ミーナが音楽教室に通い始めてアルと出会った時点で、アルの妊娠(お腹が大きい)などの描写はないため、既にクレッシェンテは誕生済と推測。三年後に入試試験という描写があるので恐らく季節も同じく春前後。

③更に3年後、ミーナが進学を迷う冬にトルタが帰郷。
→②の時点から3年弱が経った冬(アルの目覚めから約7年経過)。トルタが旅に出ていた期間は5年間と描写されているため、逆算するとトルタの旅立ちは19歳の冬。誤差を加味しても19歳の夏以降、ミーナ達が音楽教室に通い始める少し前の初春までの間と推測できます。

●なぜ五年間もの長い間、旅に出ていたのか?

 トルタは名門ピオーヴァ音楽院の声楽科を卒業しています。普通に考えれば、歌の実力を活かしプロの歌手の道を目指すはずです、しかし彼女はファルシータのように音楽の中心的都市であるピオーヴァでプロの歌姫になる道は選ばず、遠い異国への長い旅に出ました。
 これは明らかに享楽・観光が目的の旅ではなく、困難を覚悟した上での「自分探しの旅」のようなものだと思われます。旅に出たのはアルの身体が回復し、クリスとの結婚を果たした後。クレッシェンテの誕生前後と推測できます。少なくともアルの妊娠までは見届けているはずです。
 まだ19歳のトルタが一人で世界を巡り、5年もの旅をするのは簡単な事ではありません。彼女の実家も裕福ではないため。恐らくは歌を武器に、旅先で仕事を探しながらのシビアな倹約旅だったと推測できます。
 なぜそんな状況に自分を追い込んだのか?それは恐らく「アルの回復と幸福を見届けた後、なおも残るクリスへの未練」や「嘘をついてきた二人への罪悪感」を受け止め、それを乗り越えるためだったのではないかと私は思います。

●なぜクリスやアルはトルタのことをミーナたちに一度も話さなかったのか

 ここも重要なポイントです。もしトルタの旅がアルやクリスの納得と応援の元で始まったものであるのならば、二人は大切な家族であるトルタのことを生徒たちに話していてもおかしくありません。
 それをしなかったのは、トルタの旅立ちがクリスとアルにとって、少なくとも「全てを納得して背中を押せるようなものではなかった」からだと思います。アルやクリスに何も語らず…というのは少し考え辛いですが、「旅に出たい」という簡潔な報告や、その理由も表面的な理由(歌手としての修行など)のみを話し、旅立った可能性が高いのではないかと考えます。

 ミーナがクリスのフォルテールの音から感じ取った「幸せなのに涙が出そうになった感情」。トルタの帰郷を聞いたアルが流した涙。そして3人のアンサンブルを聞いた後にミーナが「良かった…」と心から安堵していること。
 これを踏まえると、クリスとアルは結婚後の生活に幸せを感じながらも「トルタの不在」がその幸せに僅かな影を落としていたと考えられます。

 このSSで描かれるフォーニエンド後の世界において、恐らくはアルとクリス、トルタは「ピオーヴァ時代の3年間の真実(フォーニの話)や罪悪感を吐き出し、共有し、許し合う」といった完全な和解は果たせなかった。或いは果たす前にトルタが旅立ってしまったのではないかと感じました。
 故にクリスもアルも、そしてトルタ自身も、心の中にあった「罪悪感」。或いはもっと抽象的な「わだかまり」を抱いたままでいたのでしょう。
 トルタにとっては、自らの未練と恋の終わりを受け入れ、心の整理をつけるための5年間。クリスとアルにとっては、完全に和解できずに旅立ってしまったトルタを心配する5年間であったのだと思います。

 年に一度送られてくる絵はがき(絵はがきは基本的に宛先のみでメッセージは書かれない)。「これは、まだ調べてないからわからない」というクリスの台詞から、この絵はがきはトルタからの一方的かつ最低限のコンタクト。「生存報告」のようなものであったのだと思います。
 完全なる音信不通ではないものの、相互に連絡を取れる状態ではなかった。どこで何をしているのかもほとんど分からない。トルタがいつ返ってくるのか、アルもクリスも知る由がなかったはずです。
『自分たちの存在や愛の成就が、妹を自分たちや町から遠ざけてしまった』という負い目も、少なからずあったのではないかと推測します。
 だからこそアルは、トルタの帰郷を知って涙を流したのでしょう。

 3人のアンサンブルの音色を聞いて、ミーナが強い安堵を覚えた理由。3人の過去や事情をほとんど知らないミーナですが、その音色は、かつて彼女が感じた「涙が出そうになった感情」が解消された、完全な幸せと調和の音色だったのではないでしょうか。

 最後に描かれる3人のアンサンブルによって、アルの事故、或いはクリスがアルに告白した時からずっと続いていた”最後の雨”が、ようやく止んだのだと。私は感じました。

追記:
 ここまでは、トルタが旅に出た理由をややネガティブ(恋の未練、幸せな二人から距離を置く)に解釈してきましたが、トルタの旅の理由にはポジティブな理由もきっとあったはずだと思います。

 卒業後のトルタの進路を考えた場合、ファルのように「ピオーヴァでプロの歌手として活動する」というのは真っ先に考えられる進路です。SS『レクイエムはもう、聞こえない』で描かれるように人生の伴侶を見つけた後であれば別でしょうが、そうでなければ少なくとも「名門ピオーヴァ音楽院声楽科の卒業生」という肩書と能力に沿った仕事を選ぶはずです。

 しかしこのSSでのトルタはピオーヴァに戻ることは選びませんでした。その理由としては「ピオーヴァは、彼女の罪やクリスという存在と切り離せない場所であるから」と考えるのが自然でしょうか。
 ピオーヴァで働く以外の選択肢としては「故郷の町で仕事を見つけて暮らす」というものがあります。しかし故郷の町では彼女の歌の才能を活かせる働き先は限られています。クリスの音楽学校も恐らくは選択肢には入りません。仮に未練が解消されていたとしても、「ようやく結ばれた二人の近くにいる」ことをトルタが避けようとするのは自然な感情です。

 トルタが選んだのは「遠い異国を巡る旅」。
 数年に渡る長期の旅である以上、旅費や滞在費は現地でお金を稼ぎながらの旅になります。トルタは自分の歌を武器に、バスキング(路上演奏)や酒場・教会などでの演奏を主としてお金を稼いでいたと推測できます。最後の3人のアンサンブルのシーンでトルタの歌声が「美しい」と表されている点も、トルタが旅の中で歌から離れていなかった証左になります。

「遠い異国を巡る旅」は、トルタにとって
 
①クリスへの未練や罪悪感からの解放(罪の精算と心の整理)
②自己探求の機会(歌手としての経験を積む修行)
③新たなアイデンティティの構築(クリスやアルのために費やした時間から、自分の人生を見つけるために時間へ)
 
 という複合的な意味を持つものだったと考えられます。年に一度、絵はがきを送っていた点も、トルタが「アルやクリスとの決別を望んでいた訳ではない」ことを示しています。
 ピオーヴァ時代のトルタの苦悩や失恋を既に知っているクリスやアルは、彼女の旅を否定はせずとも、どこか「自分のせいでトルタを旅立たせてしまった」という後ろめたさ、遠く離れた大切な幼馴染・妹を想う寂しさといった感情も持っていたはずです。それでも「今のトルタにとってこれは必要な時間なのだろう」と、どこかで理解もしていたはず。
 
 「完全な和解ができなかった」という先の考察も、あくまで仮定の一つであり「和解が成立した上で旅立って行った」という解釈でも、以下のようにクリスの複雑な感情を説明することは可能です。

クリスの指先には、アルと過ごす穏やかな幸福と、遠く離れたままのトルタを想う寂しさ、その両方が宿っていた。だからこそ、その音は満ち足りていながらも、聴く者の胸の奥を静かに締め付ける響きになっていた。

 
 「ある恋の終わり」はミーナ視点で物語が描かれます。
 クリス・アル・トルタの内心(モノローグ)を書かず、トルタの旅立ちの理由や内容、再会した三人の会話も敢えて書かないことで、3人の辿った物語に「想像する余地」を残してくれたのではないか?
 そしてその旅の事情がどんなものであったとしても、事情を知らないミーナが「深い安堵」を覚えるほど心のこもった再会に繋がったこと。それこそが、この物語における3人が、心から互いを大切に思い合うという「幸せな未来」に辿り着いたことを示しているのだと、私は感じました。
 
 

□時系列整理

短編を含めたシンフォニックレインの物語の時系列を自分用に整理してみました。公式年齢については物語開始時点(11月末)のものとし、分かりやすいようにその年を本作発売年の2004年と記載することにします。
※学院高等部の入学の年齢を15歳。中等部12歳と仮定。クリスたちの誕生日は不明ながら本編や短編集の描写から春(2~3月)でほぼ確定。
赤字は「20周年SSリクエスト企画」で描かれたアルEND後の出来事。トルタEND後の出来事は時系列の特定が困難のため割愛。

時期 出来事 クリスたちの年齢
遠い昔 短編「飛べない妖精」  
2000年 アリエッタ、音楽学校で学ぶことを諦める
短編「妖精の本」
12歳
2001年春頃 クリスとアリエッタが恋人になる 13~14歳
2001年秋~冬 ピオーヴァ音楽院への入学が決定 14歳
2002年3月 アリエッタが事故に遭う
短編「雨の始まり」
 
2002年4月 クリス入学、フォーニとの出会い 15歳
2002年夏頃 短編「雨の街の円舞曲」  
2004年夏頃 ファルがクリスに興味を持つ
アーシノがファルと出会う
短編「愚かな詩人」
短編「猫と妖精と、時々雨」
 
2004年11月 本編開始時点 17歳
2004年12月 短編「いかさまコイン」  
2005年2月 クリス、故郷へと帰る  
2005年? 短編「こんな空の下で」  
2005年秋頃 短編「三人目のマリア」
アーシノ、エスクと共にピオーヴァを出る
短編「To Coda」
18歳
2005年後半
~2006年前半
クリスとアリエッタが結婚 18~19歳
2006年 クレッシェンテ誕生 19歳
2006年秋~冬 トルタが外国を巡る旅に出る 19歳
2007年 アンテリオ誕生 20歳
2007年春 短編「ある恋の終わり」
クリス、音楽教室を開設

アリエッタ、母と共にパン屋を開業
ミーナとドナート、クリスの音楽教室に入学
20歳
2009年春 クレッシェンテ、クリスの音楽教室に入学 22歳
2012年冬 トルタ、5年間の旅から帰郷。3人の再会。 24歳
2020年夏頃 短編「Encore」 33歳
2026年春頃 短編「20年後のあなたへ」 38歳

■補足事項
・「ある恋の終わり」でミーナ(10歳)入学時にアルは「二十歳になったところ」
・「encore」でアンテリオ13歳(中等部一年、入学後数ヶ月)、クレッシェンテ13~14歳(中等部ニ年)、リセルシア30歳、ファルシータ33歳
※年齢判明時にアンテリオとファルは誕生日後、リセは誕生日前で矛盾なし