※注意:この先の文章はシンフォニック=レインの物語の重大なネタバレを含みます。
全エンディングをクリアしてから、お読み頂けるようお願いします。
◆目次◆
♭アリエッタ・フィーネ
♭フォーニ
アル、アリエッタという登場人物は「シンフォニック=レイン」という作品の中で、恐らく最もその心を読み取ることが難しいキャラクターであるといえるでしょう。
“見えるもの”と”見えぬもの”
al fineで語られるトルタの心が”見えるもの”だとしたら。アリエッタの心は”見えぬもの”。彼女の思いを知るために必要な欠片はどこにあるのか。
「フォーニシナリオにある」と言われれば、それは間違いなく”Yes”です。
ですが、フォーニシナリオだけでは見えてこないものもあります。
それを知る為の欠片は「シンフォニック=レイン」という作品のあらゆる場所に存在しています。
“クリスの思い出の中のアリエッタ”
“トルタの手紙の中のアリエッタ”
“トルタが演じていた幻想のアリエッタ”
それら多くの幻想のアルに騙されないように、本当のアリエッタを見つけてください。
彼女はいつも、あなたの傍にいたはずです。
クリスと共にアンサンブルをしていたはずです。
♭フォーニ
アリエッタの思いを知るために、見るべきはフォーニ。
フォーニこそが、真実のアリエッタなのですから。
フォーニの姿を探してみます。
『da capo』という選択肢が持つ一つの役割。今までに辿ってきたあらゆるシナリオへ。
その先で見たフォーニの姿は、どのようなものであったでしょうか?
初めに気づくことは『彼女がいつも楽しそうに微笑んでいたこと』
何よりも歌を歌うことが大好きで、何よりもクリスとのアンサンブルを楽しみにしていたフォーニ。
時に世話焼きで、時に怒りんぼうで、時にわがままな彼女。『悩みなんて何もない』と言わんばかりに、屈託のない笑顔をくれたフォーニ。
次に気づくことは『彼女に悩みを打ち明けた時のこと』
クリスの悩み、道に迷ったクリスがフォーニに全てを打ち明けた時。その話を真剣に聞き、クリスが前に進むために幾つかの言葉を残したフォーニ。
いつも子供っぽい彼女からは見られない、真剣で、心からクリスを案じる彼女の姿。
そしてその最後には『クリスのしたいようにすればいい』と、クリスの全てを許し、その道を示したフォーニ。
次に気づくことは『彼女との別れの時のこと』
リセと共に歩む未来を決めた時、
クリスにさよならと言ったフォーニ。
ファルの所へ向かう朝、
「これで安心して――」と呟いたフォーニ。
トルタと一緒にいると決めたクリスに、
「私はもうすぐ消えるから」と言ったフォーニ。
その時のフォーニの顔や言葉に込められた感情は、どのようなものであったでしょうか?
それらはフォーニシナリオをクリアした後でなければ、真意を知ることは出来ない描写です。
多くのシナリオに散らばった本当のアルの思いを見つけることが出来たのなら。『da capo』はもう一つの役割を果たします。
フォーニシナリオ、アリエッタのシナリオへ。
彼女の思いは、彼女の望んでいたものは、何であったのか。
彼女は『本当に何も求めなかった』のか。
彼女は『本当に全てを許す』ことができたのか。
●アリエッタにとっての光
アルにとっての光は、彼女の目的は何だったのでしょうか。
フォーニの姿になったアルが望んでいたことは、クリスの傍にいること。
クリスと共に歌を奏でること。
そしてクリスの選択を見届け、クリスが自分以外に必要とする人と会えたなら、その人にクリスの未来を託すこと。
アルにとってはそれを願うことすら、それを叶えられることすら。
残り少ない時間だとしても、フォーニという存在で彼の傍にいられることすら
「奇跡」と呼べるものでした。
だからこそ、彼女は本当の自分の願いを閉じ込めていました。
それを願うのは、余りにも過ぎた我侭だったから。
彼女の本当の願い。
『自分のことを、思い出して欲しい』という願いを。
●アリエッタに降る雨
彼女に降る雨は、トルタに降る雨と限りなく同等です。
「何も話さない」という選択を取った彼女もまた、トルタと同じ様にクリスに嘘を吐き続けていたに等しいと言えます。
1.辛い思いをさせ続けているトルタへの罪悪感。
2.雨の幻を見続けるクリスの現状への悲しみ。
3.クリスに『真実』を隠し続け、音の妖精フォーニを演じ続ける覚悟と葛藤。
4.クリスが他の誰かを好きになってしまう悲しみ。
5.クリスが本当の自分を忘れてしまっている悲しみ。
6.クリスのことが好きだけど、それを求めてはいけないという葛藤。
そこに加えアルには、もはや雨とさえ言えないほどの重い鎖が繋がれています。
7.『死』という運命。
その雨に対するトルタとの受け取り方の違いは一つ。
彼女が7番目の、自らの『死の運命』を受け入れたことから生まれた一つの結論。
アルの心を支配していたものは『諦め』でした。
「自分は何の為に、妖精の姿になったのだろう」
事故の後、その意味を計りかねていた彼女は、いつか読んだ本の中の飛べない妖精『ファータ』と自分を重ね合わせました。
事故の後、病室にいた時は、どれだけ頑張ってもアルは自分の体に戻ることができませんでした。泣いているトルタのため、そしてクリスの未来のために、自分がいなくなることが最善だという結論を出します。
そして彼女の中で、自分の命も含め全て諦めた時に、一つの答えが生まれました。
残された時間の中で、彼女は妖精として一つの望みを叶えようとします。
『私は、クリスと一緒にいたい』
アリエッタが望んだのは、ただクリスの傍にいること。アリエッタとしてではなく、ただ、歌が上手い妖精として。
ファータと同じように、彼女が”なりたい”と思った姿。それは大切な人の傍にいて、歌を歌うことができる、妖精の姿であったのでしょう。
フォーニ姿の彼女が、気ままで少し我侭だったのも、
クリスを急かしてでもいつものアンサンブルを望んでいたのも。
『全てを諦めた』彼女のせめてもの望み。幸せの形でありました。
全てを諦めていたからこそ、彼女は自身を苛む多くの問題に思い悩むこと無く。
全てを受け入れ許すことで「自分自身」の心の許しも得ていたものと思われます。
それがトルタとアルの違い。同じ雨に打たれていても、全てを諦めた上での答えを得ていたかの違い。
ここまでが、短編『雨の始まり』のアルから読み取れる客観的事実だと思います。
けれど、それではまだ、不十分。
アルが全てを許し、全てを受け入れ、ただクリスの傍にあろうとした。そんな『天使のような心の持ち主』だと結論を付けてしまうのは、余りに早計です。
それを疑うことこそ、それが『嘘』であると気づくことこそ。この作品に残された、最後の答えだったのだと思います。
●雨の止む条件
彼女の雨が止む条件。一つはとてもシンプルです。
『彼女の命が尽きること』
死んでしまった人間にはあらゆる悩みがありません。
悩みとは「生きている人間」だけに与えられるものなのですから。
逆に言えば、死んでしまわない限り。
生きている限り、人は悩み続けるものです。
アルが、いかに自分の死を受け入れようと。
全てを許そうと心に決めようと。
生きている限り、アリエッタはずっと思い悩んでいたに違いありません。
「完全な人間なんていない」
フォーニシナリオにおいて彼女の歌を聞き、その後の彼女の言動を見た時。初めに過ったのはそんな感情でした。
全てを許せる人間など存在しない。たとえ、死を受け入れたアルであっても。
何も求めないということは、生きることすら求めないということ。
それならなぜ、彼女が妖精の姿となり現世に留まることができたのか。
それは、アリエッタが確かに『何かを求めていたから』ではないでしょうか。
それは一体、何であったのか。
答えは、フォーニシナリオにあります。
そしてそれこそが、彼女に降る雨を止めることのできる、もう一つの方法でありました。
●アリエッタの青空
アルは自らの死を持って、全ての雨を止める事ができます。ですが、その先には決して『青空』は存在しません。
アリエッタには『ifの青空』は存在しないのです。
彼女がもう一度空を見ることが叶う未来はただ一つ。
アリエッタが『アリエッタ』として生きる意味を見つけ出した未来のみ。
物語の冒頭、闇の中で聞こえて来た声。
多分それは、フォーニが口に出していたものではなく、アリエッタ自身の心の叫びだったのだと思います。
『思い出さないで』
それは本当の願い。けれど全てを忘れてしまったクリスにそれを語る意味はありません。
深い諦めの中にあって、それでもアリエッタが捨てきれない”何か”を求めた時。
クリスにはもう一つの言葉が聞こえました。
『思い出して』
それこそが、彼女の真実の願い。
忘れられたくない。思い出して欲しいという願い。
ここから読み取れる事実は一つ。
『アリエッタは、何も求めなかったわけではない』
ただ、多くの願いを心の奥底に押し込めていただけという事実。
それはフォーニシナリオだけではありません。
リセ、ファル、トルタ、alfine。
全てのシナリオにおいても、彼女は叫び続けていたはずです。『思い出して』と。
――クリスのフォルテールが聴きたい。
――優しい声が聴きたい
――笑顔が見たい。
――私のことを忘れないで。
――――思い出して。
何もかもを捨てることは、できなかった。
トルタに対しても、クリスに対しても、アルは罪悪感を抱えていました。
トルティニタと同じように、多くの悩みと望みがアルの中にありました。
そして、それら全ての根源にあった思いもトルタと同じく。
『クリスのことを愛してる』
という、純粋な思い。
その思いがクリスへと届いた時。
クリスが全てを思い出した時、アリエッタは心の奥にあった”最後の雨”の、答えを得ることができたのだと思います。
8.「クリスは、本当に自分のことを愛してくれているのか」という疑い。
『私には何もなかったから、クリスは私を選んでくれただけ』
「雨の始まり」の上記の台詞からでも、それを推し量ることができます。
クリスに告白された彼女は、自分がクリスを愛し、クリスに愛されている事を自覚しながら。それでもまだ、それを完全に信じきれてはいなかったと推測できます。
本当にクリスが自分を必要としているのかどうか。
トルティニタではなく、本当に自分だけを求めてくれるのかどうか。
事故にあった当初、曖昧な意識から妖精の姿を確立させる事ができた後でも、アルは自分の体に戻る事はできませんでした。
その理由は、アリエッタ自身の「心の迷い」にあったのではないかと思います。
実際、本編でもアルの体の損傷はそれほどでもなく、
意識さえ取り戻して栄養を取れば、元気になるだろうと語られています。
つまり「妖精になったアルの意識が自分の体に戻る」ことさえできれば、アルが目を覚ますこと自体は、さほど難しいことではないと言えるのです。
アルの精神が自分の体へ戻る為に必要なもの。
それは『アルが「アリエッタ」として生きる為の理由』だったのではないか。
そうであるなら、その理由は全てを思い出したクリスにアルが語った言葉の中にあります。
『クリスには私が必要なんだね』
『私もクリスを必要としてる』
「自分のなりたい自分」が、クリスが必要としてくれている自分であるという確信。
そして、何よりも自分はクリスを必要としているという確信。
その二つを自覚した時に、アルは”アリエッタとして生きる理由”を得たのです。
そして卒業演奏という『音の妖精フォーニ』としての役割を全うした彼女は、
アリエッタはフォーニではなく、本当に自分がなりたい自分になる必要がありました。
つまりは『クリスの帰りを待つアリエッタ』に。
クリスとの約束を果たすことのできるアリエッタに、彼女は”なった”のです。
●アリエッタの内面
トルティニタや他の登場人物が、多くの悩みも持って揺れていたように、アリエッタも決して『天使のような心の持ち主』などではありません。
トルタやファルをクリスが選んだ時、フォーニが見せた悲しみの表情。
トルタをパートナー候補に勧めるようなことを言いながらも、別の場面では「アルのことはいいの?」といった意味の言葉もクリスに伝えたこと。
クリスの未来の為に、自分のことを忘れさせるのが最善という答えを出していながら、クリスを求め「思い出して欲しい」と願ったこと。
事故にあった時、トルタがクリスに対して言った「早く目を覚ましてアル会いに行って」という言葉の意味を理解できなかったアル。
「私がいなくなれば、全てがうまくいくはずなのに」
と、さらりと薄情なことを言っている事からもそれは読み取れます。
クリスが学院に行っている時、眠っている時、或いは自ら姿を隠した時。
アルはどのような思いを抱いていたのでしょうか。
それはきっと、トルタと同じ様なものであったのだと思います。
割り切れない思い、自分じゃ駄目なんだという悔しさ。そして絶望。
短編「猫と妖精と、時々雨」の彼女の描写からも見て取れるように、アルもまた、クリスと生活をしていた三年間に様々な心の葛藤を経ていたのでしょう。
恐怖や悲しみに苛まれ、泣いてしまっていた夜もあったのだと思います。
それでも、クリスの前ではいつも笑顔を作り『陽気な音の妖精』であり続けたアリエッタ。
強くも弱くもあったアリエッタの一番の罪は、
『信じることができなかったこと』
ではないかと考えます。クリスのことも自分自身も。
結果としてクリスが自分以外を求める結末もあるのですから、アルの危惧もそう間違いではなく、それを責めるのは少し可哀相かもしれませんが。
“全てを許そう”とする立ち位置は、ある意味”責任放棄”とも言えるのではないでしょうか。
選択を放棄する選択であるそれは、ある意味で薄情であり、そして残酷な行動であったのかもしれません。
アルが全てを許したとしても、残されたクリスやトルタはそれを知る術がありません。
深い悲しみの中で、罪という十字架を背負っていかなければなりません。
アルは何より強くクリスを求めていましたが、最後の一線において、トルタと同じ様にクリスを試してしまっていたのだと思います。
『諦め』という免罪符を抱えて『死』をもって許されようとしていただけなのかもしれないのです。
悲嘆も嫉妬も欲望も。利己的な面も、彼女の中には存在していました。
トルタが自らをそう呼んだように、アリエッタもまた、人間らしい醜い心を持っていた。
クリスがアルを求めた時、改めてそれに向き合う必要が彼女にはあったのだと思います。
それを受け止めた上で、アリエッタの願ったことは、
やはり心の根底にあった、純粋な思い。
クリスへの愛。
クリスの隣に在りたいという願い。
フォーニENDの結末は、”神が与えた奇跡”などでは決して無いと言えます。
クリスがアルを正面から見据え、アルもアル自身としてクリスと正面から向き合った。
二人の望み、辿り着いた終着点において起こった、一つの結果であると結論づけます。
求めるからこそ人は悩み。
生きるからこそ人は罪を犯す。
善や悪。嘘や真実といったものは全て、そこから生まれる副産物。
罪の雨、痛みの雨の中で、見るべき光は”本当に理由なき心”
ひとつだけ言えることは、死の先に『未来』という青空は無いということだけです。
最後に、
クリスの恋人という立場でありながら、アリエッタが何より求めていたもの。それは、双子の妹であるトルティニタと全く同じものでした。
『クリスに本当の意味で振り向いてもらいたい』
『クリスに “本当の意味で” 愛してほしい』
という願い。
アリエッタがクリスに真実を話さなかった理由。
クリスが自ら思い出してくれたなら、それは本当の意味で自分を求めてくれているということ。『本当に自分を愛してくれている』ということ。
もしかしたらそこには、そんな彼女の願いがあったのかもしれません。
フォーニシナリオのクリスは、自らの力で思い出すことによって、気づくことができたのでしょう。
『思い出して欲しい』という、アリエッタの声なき願い、その心に。
そして、そんなアリエッタを本当の意味で愛し、求めているという、自分自身の心に。
●空の向こう側
グランドEND後のアリエッタについては、エンディングテーマの後のエピソードにて描かれているため、ここでの紹介は省きます。
『encore』で描かれた15年後の未来。そこにはクリス・ヴェルティンの娘である「クレッシェンテ・ヴェルティン」が登場します。声楽科でありながら、決して上手くはない、学院でも下から数えた方がいいと言われるほどの歌声ですが、何より歌を歌うことに喜びを持っている、明るく天真爛漫な女の子。
明言こそされていませんが、数々の描写から彼女はクリスとアリエッタの娘であることは間違いありません。彼女は両親に愛されながら自由奔放に、フォルテールの才を持ちながらも、歌を歌うことが大好きな女の子に育ちました。
またこれはほぼ裏設定のようなものになりますが、アリエッタは「耳に障害を持っていた」という設定です。車の音が聞こえなかったのも、歌が下手な理由も。その設定からきていると筆者のコメントで語られています。
ただその障害は、娘のクレッシェンテには引き継がれていないと考えます。確かに彼女は歌が下手でしたが、それは心の思うままに自由に歌おうとした結果とも受け取れ、また後にかなりの上達を見せたという描写もありますので。
クレッシェンテともう一人についての紹介は後述するとしますが、アリエッタは夫であるクリスとの愛の結晶を得て、今も故郷の音楽学校でクリスと幸せに暮らしているものと思われます。彼女がかつて妖精フォーニだった頃に残した小さなメッセージは、更に未来のお話『20年後のあなたへ』にて、娘のクレッシェンテの元に届くことになります。
『お願いは ひとつ』