『amoroso』 #2


列車のベルが鳴る。

私たちは列車の乗り口のドアの前で、今の別れを惜しんでいた。
用意していた荷物を持って、改めて二人に伝える。

「それじゃあ、もう行くね?」
「もうそんな時間なの?もっともっと、話したいことがたくさんあるのに…」

姉さんは寂しそうに俯いてしまった。
その隣ではクリスがアルの肩を叩いて励ましている。

「ほら、アル。そんな悲しい顔をしたらトルタに悪いだろ?」
「笑顔で見送ろうねって、アルが一番そう言ってたじゃないか」
「う、うん…でも…でもやっぱり寂しいよ」

駅のホームには私たちの他にも、私と同じ様に都会へ行く人たちと、それを見送る人たちがいた。

 

―――もう一度ピオーヴァに行ってみようと思う。

そう心に決めたのは、姉さんの体が回復に近付いていた1ヶ月ほど前のことだ。

アルが目を覚ましたことを知った時、
私は、この世界に『奇跡』というものが存在することを信じずにはいられなかった。

それでも、その後に必死にリハビリをするアルと
その隣で、常に献身的な看病をしていたクリスの姿を見た時に
私にはそれが、決して神様がくれた奇跡なんてものではないということを、理解した。

『もう一度やり直そうと思うの』

幸い私には「ピオーヴァ音楽学院を悪くない成績で卒業した」という結果があった。
もちろん、すぐにプロになれるかは分からない。
以前招待を送ってくれた楽団に、今度は私から頭を下げてお願いをする。
もし無理でも、努力を続けていけば、それは不可能な夢じゃないってことは確かだから。

『私はやっぱり…歌を歌うことが好きだから』

姉さんもクリスも、そんな私のことをすぐに認めてくれた。

「トルタならきっと、ピオーヴァで一番の歌姫にだってなれるよ」
なんて言ってくれたのは、ちょっとお世辞が過ぎるかなって思ったけど。

「元気出してよアル。会えなくなるわけじゃないんだし、会いたくなった時はいつだって遊びに来ていいんだよ」
私は笑顔でアルを励ます。

「それに、一週間に一度は手紙を書いてくれるんだよね」
「…うん、書くよ。毎週欠かさずに手紙を送るからね」

それは、先日私から持ちかけた約束だった。

クリスとアルが交わした約束と同じように、私も二人に手紙を出すんだ。
今度こそ、私宛に送られる本当の手紙。
そして、私からの手紙。

――そこにはもう、「アリエッタ」という差出人の名前を書く必要は無い。

私は、ようやく笑顔になってくれた姉さんの姿に満足した。

「それじゃあ、もうきりがないでしょう?本当に、もう行かなきゃ」
「うん…トルタ」
「何?」
「…その髪型も、似合ってるよ」

私は、風に揺れる自分の髪に触れた。
ずっと伸ばしてきた髪を切ったのは、つい先日のことだ。
肩までの長さに揃えられた髪は、思った以上に体を軽くしてくれた。

「うん、ありがと!アル」

惜しいという気持ちもあったけれど、
私が今まで、髪を伸ばし続けてきたのは
姉さん…アリエッタになりすます。という理由もあったのだから。

だけど、今はもうその必要はない。
私は私。今度こそ、トルティニタとして、
なりたい私になるんだ。

「それじゃあ……またね。クリス、アル!」
「ああ、またね」
「うん…またね、トルタ」

別れの言葉…再会の約束の言葉を交わして、
私は列車に乗り込んだ。

(アル、クリス、私は大丈夫だよ)
(二人から貰ったもの、決して忘れないから)

(私たちはいつだって一緒、そう思えるから…私は笑顔でいられるんだ)
(だから…)

私はもう一度振り向いた。
こんな時じゃないとなかなか言えない言葉だけど
これだけは伝えておかないといけない、と思ったから。

「クリス…もう二度と、アルを寂しがらせたらだめよ?」
「アルを泣かせたら…私が許さないからね?」

その言葉に、クリスは微笑みながら、
姉さんの肩を抱くことで答えてくれた。

赤くなった姉さんの顔を見送りながら、
私は笑っていた。

『二人とも、いつでも微笑みを絶やさないでいてね』


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