――――夢。
私の夢の中。
どこまでも広がる青い草原の中で、私は眠っていた。
「…ル」
その中で、不意に私を呼ぶ誰かの声に気づいて、目を開けた。
「アル…」
そして、私の目の前にいたのは…
「あ!やっと起きた。久しぶりね、アル」
背中にある二枚の羽根をせわしなく動かしながら、
宙に浮かんでいる、小さな妖精。
「………あ、えっと…あなたは」
「なあに?もう私のこと忘れちゃった?」
微笑みを浮かべて、私の顔を覗き込んでいる彼女。
「…フォーニ……?」
「そうよ、よかった。覚えてくれてたんだね」
嬉しそうに私の周りを飛び回るフォーニ。
「そんな…忘れるわけ無いよ、フォーニ」
「だってフォーニは、私の大切な…」
大切な…なんだろう?うまく合う言葉が浮かばない
しいて言葉を捜すなら…『恩人』かな
「恩人かぁ…ちょっと違うかな?だって私はアルで、アルは私だったんだもんね」
「え?」
私が言葉にする前に、フォーニは少し照れながらそう言った。
「心で…伝わるんだね」
「そうそう。あ!でもここは夢の中だから…って言う理由もあるかもね」
「…夢の中でも、フォーニにこうして会えて、本当に嬉しい」
「私も、アルに会えて嬉しいよ♪」
それから、私たちには言葉はあまり必要じゃなかった
言葉にしなくても、二人の気持ちはまるで同じ心のように分かり合えた
「…幸せになれたんだね」
ほんの少しだけ間をおいて、フォーニはそう尋ねた。
「うん」
「クリスは、元気にしてる?」
「うん。でも、私の為にいつもちょっと無理してくれているのがわかるから」
「それがちょっと心苦しい…って、なによ、贅沢な悩みね」
呆れたような顔で笑うフォーニ。
「あ、ご…ごめんなさい、そんなつもりじゃ…」
「わかってるって、ちょっと言ってみただけ」
「それだけ幸せってことね、クリスもアルも、二人とも」
「…トルタは、元気?」
「うん、だけど…トルタには本当に辛い思いをさせてしまったから」
「…クリスのことね?」
「うん…それに私、トルタの気持ちも…知っていたから、だから………」
「…わかるよ、アルの気持ち。私にはアルの気持ちが全部伝わってくるから」
そう言うとフォーニは、急に真面目な顔で私を見つめてきた。
「だから言うけどね。アル?アルが『自分が悪いことをした』なんて思い続けるのは、今のトルタに対しても良い態度とはいえないんじゃないかな」
「…え?」
「だから、アルがいつまでも過去を引きずっていたんじゃ、トルタも安心して前に進めないんじゃないかな?ってこと」
「それは…」
「…過去を忘れていいわけじゃないよ、過去を忘れてしまってもその向こうに未来は来ない。もっともそれは、今のアルたちが一番わかっていることだと思うけどね」
「…そうだね、フォーニ。ありがとう」
フォーニの言葉の一つ一つには優しさがあり
それは私の心に強く響いた。
「そういえば、フォーニはどうして私の願いを聞いてくれたの?」
今度は私からフォーニに尋ねる。
「お願い…?何言ってるのよ、アルが私になったのは、アル自身の意志じゃない」
「それは…分かるけど、それでも、私にはフォーニが」
「それは私じゃなくて、私の願いを叶えてくれたフォーニがいるって。…どうしてかわからないけど、今は、そう…感じるの」
「…どうしてかわからない、か。…アルにわからないなら、私にもわからないわよ」
「……そう…よね。ごめんなさい。変なことを聞いちゃったね」
少し困ったような顔をするフォーニ。
「うん……あれ、でも…理由?う~んと。そう…だね」
「……私に似ていたから…かな」
『…遠い昔の、私たちに』
それは見間違いだったのかもしれないけれど
私にはほんの一瞬だけ、フォーニが寂しそうな顔をしたように見えた
「……………フォーニ?」
「あれ…なんだろう、私も良くわからないことを言っちゃったみたい?」
すぐに元の笑顔に戻るフォーニ。
「あなたは…一体?」
「私?…私はね……」
少しの沈黙。私は次の彼女の言葉を待った
「私はフォーニ、音の妖精のフォーニだよ!」
そう、元気良く彼女は言った
「…ありがとう。フォーニ」
「どういたしまして。って、私が言うセリフじゃないか」
そうしてまた、お互いに笑いあった。
結局私の疑問は、彼女にも分からなかったらしい。
――フォーニはフォーニ。
――だから、それで良いのだというのが「私たち」の答えだった。
「それじゃあそろそろ行くね」
草原に一筋の風が吹いた時、フォーニはそう告げた。
「行くって、どこへ?」
「どこ?どこだろう、それはわからないよ」
「だけど、誰かが…待ってると思うんだ。だから……もう行かなくちゃ」
「そっか…そうなんだ」
「それじゃあこれでお別れだね」
「うん」
フォーニは両手を、私は人差し指を差し出して、別れの「握手」をした。
なんとなくだけど、フォーニにはもう会えない様な気がした…例え夢の中であっても。
でもなぜか「寂しい」や「悲しい」といった感情が生まれてくることは無かった。
小さな羽根を羽ばたかせて、草原の向こうへ飛び去って行くフォーニ。
「ありがとう。さようなら、フォーニ」
最後の言葉。心の底からの感謝の気持ちを込めてフォーニへ贈る。
「さよなら、アリエッタ」
フォーニはその小さな手を大きく振って、答えてくれた。
その小さい姿が完全に見えなくなるまで、私はフォーニの姿を見つめていた。