『片翼の翼』 #5


学院からの帰り道、何も言わずに並んで道を歩く。
もうすでに、雨は上がっていた。
旧市街と新市街を分ける広場で、私たちは改めて向き合った。

「ファルさん。俺には、あなたが望むような価値も才能もありません」
「あなたの夢を叶えるための力も」

絞り出すように、アーシノは言葉を続けた。

「それでも…俺はいつでも、あなたのために、なんだってしますよ」

アーシノは柔らかな笑顔で、私を見つめた。

私はもう、笑顔を作ることすらやめていた。
彼の前ではそれはもう意味のないことだったから。

「私の道はもう決まってる。私は夢を叶えるために、もっと上に行くわ」
「でも、最後に一つだけ聞かせて?」

「あなたを愛していないと言った、私に対して」
「どうしてあなたは、そんなふうに思ってくれるの?」

その問いに、彼は少しだけ間を置き、恥ずかしそうにこう答えた。

「俺が、ファルさんを愛しているからです」

「………馬鹿ね」

彼の耳に届かないほどの小さな声で、私は呟いた。

「さようなら、アーシノ」

私は彼に背を向け、歩き出した。


 

何の価値もない時間。初めはそう思っていたけれど、
その時の私の心は、見上げた空のように澄み渡っていた。

私はクリスの音が、好きだった。
そして…クリスのことが、好きだった。

――《本当に愛した人》に愛して欲しかった。

だけど私は、私の選んだ道を進んだ。
それは、彼と同じ道ではなかったけれど
今はもう、彼の背中をちゃんと見送れると思う。
いくつかの言葉と、感謝を込めて。

私はこれからも歌い続けるだろう。

私はここにいる。
私の翼は、ここにある。

どんなに汚れても、どんなに穢れても。
いつかその片翼を、誰かに託せる時が来るまで。

《愚かな詩人》
彼が今後もプロとしてフォルテールを弾き続けるのならば、私たちの道はいずれ交わることもあるだろう。一人の歌姫と、一人のフォルテニストとして。

その時が来たら、今度は一緒にあの曲を奏でてみてもいいかもしれない。

私のために捧げてくれた、

彼の、愛の歌を。


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