学院からの帰り道、何も言わずに並んで道を歩く。
もうすでに、雨は上がっていた。
旧市街と新市街を分ける広場で、私たちは改めて向き合った。
「ファルさん。俺には、あなたが望むような価値も才能もありません」
「あなたの夢を叶えるための力も」
絞り出すように、アーシノは言葉を続けた。
「それでも…俺はいつでも、あなたのために、なんだってしますよ」
アーシノは柔らかな笑顔で、私を見つめた。
私はもう、笑顔を作ることすらやめていた。
彼の前ではそれはもう意味のないことだったから。
「私の道はもう決まってる。私は夢を叶えるために、もっと上に行くわ」
「でも、最後に一つだけ聞かせて?」
「あなたを愛していないと言った、私に対して」
「どうしてあなたは、そんなふうに思ってくれるの?」
その問いに、彼は少しだけ間を置き、恥ずかしそうにこう答えた。
「俺が、ファルさんを愛しているからです」
「………馬鹿ね」
彼の耳に届かないほどの小さな声で、私は呟いた。
「さようなら、アーシノ」
私は彼に背を向け、歩き出した。
何の価値もない時間。初めはそう思っていたけれど、
その時の私の心は、見上げた空のように澄み渡っていた。
私はクリスの音が、好きだった。
そして…クリスのことが、好きだった。
――《本当に愛した人》に愛して欲しかった。
だけど私は、私の選んだ道を進んだ。
それは、彼と同じ道ではなかったけれど
今はもう、彼の背中をちゃんと見送れると思う。
いくつかの言葉と、感謝を込めて。
私はこれからも歌い続けるだろう。
私はここにいる。
私の翼は、ここにある。
どんなに汚れても、どんなに穢れても。
いつかその片翼を、誰かに託せる時が来るまで。
《愚かな詩人》
彼が今後もプロとしてフォルテールを弾き続けるのならば、私たちの道はいずれ交わることもあるだろう。一人の歌姫と、一人のフォルテニストとして。
その時が来たら、今度は一緒にあの曲を奏でてみてもいいかもしれない。
私のために捧げてくれた、
彼の、愛の歌を。