朝日がカーテンの隙間から差し込み、寝室に淡い光を投げかけていた。
私は目を覚まし、隣で眠るクリスの顔を見つめる。
静かな寝息と、柔らかな髪が額に落ちる様子が目に入る。
昨夜の温もりがまだそばに残り、胸がじんわり温かい。
ベッドから起き上がり、キッチンへ向かう。
オーブンでパンを焼きながら、サラダの用意をした。
朝食の用意がほぼ終わり、クリスがまだ起きてこないので、私は寝室へ向かう。
「クリス、起きて。もう朝だよ」
ピオーヴァにいた頃も、日曜日は遅くまで寝ていることが多かったっけ。
そんなことを思い出しながら、私は声を大きくした。
クリスの瞼がゆっくり開き、眠たそうな目が私を捉える。
「ああ…おはよう、アル。もう起きてたんだ?」
「おはようクリス。もう8時よ?早く起きて朝ごはん食べよう」
彼は軽く伸びをして微笑む。
「今のアル、なんだかフォーニみたいだ」
「もう、何言ってるのよ…今日から私がご飯を作るんだから、朝はしっかり起きて食べないとダメよ?」
「ピオーヴァでも、クリスってそういう所だらしなかったよね」
窓の外では鳥がさえずり、春の風が木々を揺らしている。
クリスは少し眠そうにしながら昔を懐かしむような顔を見せたが、やがてベッドから起き上がり、朝食の待つテーブルへ向かった。
「このパン美味しいね。今朝焼いてくれたの?」
「うん、そうだよ。生地は昨日の夜に用意しておいたから」
クリスが頷きながらお茶を手に持つ。ふと窓の外を見ると、陽光が庭の草花を照らし、部屋に柔らかな光が差し込んでいた。
「今日はいい天気ね」
「そうだね、後で外に出てのんびりしようか」
朝食を食べ終え、後片付けも済ませた後、
私たちは家の外にある庭へ向かう。
外に出ると、風が頬を撫で、草の香りがふわりと漂う。
町外れにあるこの家は少し古さが目立つところもあるけれど、他の家から離れていて、広めの庭も付いていたのが、私たちがここを選んだ理由だった
でも、本当の理由はもっと先にあった。
近い将来、この家で音楽教室を開く――それが今の私たちの夢だった。
広い庭で子供たちが歌い、家の中から楽器の音が響き合う。そんな未来を想像した瞬間、ここしかないと思った。
クリスは庭の端に目をやり、木々の間に隠れる小さな物置に視線を移す。そこには、いつか楽器を置くためのスペースができるだろう。家の裏手には大きな扉もあり、オルガンやピアノだって運び込めそうだった。
クリスがフォルテールを奏でる姿が頭に浮かぶ。
笑顔で音楽を教えるクリスと生徒たちの音色が、この庭に響き合う日が来る。
そしてその時には…。
「クリス、この家でいつか、音楽教室を開いたら」
私は言葉を切り、彼の顔を見る。彼は少し首をかしげて、私の続きを待つ。
クリスが目を丸くして、それからゆっくり頷く。
彼の声に確信が混じるのを聞いて、私は微笑んだ。
ピオーヴァでの三年間、私はフォーニとして彼のフォルテールに合わせて歌を歌っていた。でも、アリエッタとして目覚めた私の歌は、フォーニだった頃とはまるで違って、今も下手なままだ。
風が髪を揺らし、日差しがその背中を照らしていた。
彼が振り返り手を差し出す。私も立ち上がり、彼の手を取った。
――だけどそれでも、クリスがいるから
――どれだけ下手でも、今の私は歌うことが楽しいと思えた。
「早く始めたいね」
私は彼の手を握り返し、頷いた。
どちらからともなく唇を重ね、長いキスを交わす。
フォーニのように上手には歌えないけれど
クリスが私のために作ってくれた大切な曲。
そして、この曲の歌詞を書いたのは私だった。
もう、ひとつではなかった。
その輪の中に、もうひとりの小さな歌い手が加わっているかもしれない。
私は晴れ渡る空を見上げた。