『空の向こうで』 #3


神前での誓いの儀式が終わり、
私たちは教会の前の広場へと移動していた。

並んだテーブルの上に料理が載せられている。
ホスト側である私も両親と共に案内や準備を手伝っていた。

そして、アルとクリスがやって来た。

アルは私の姿を見つけると、ウェディングドレスのまま私に抱きついてきた。
「ありがとう、トルタ。本当に…!」

私はそんな姉さんを抱きしめ返し、小声で呟いた。
「アル……幸せになってね」
「うん。絶対、幸せになるよ…」

それから賑やかな食事会が行われた。
姉さんはニンナおばあちゃんの所で、二人で話をしているようだった。

私はクリスに近づき、改めてお祝いの言葉を掛けた。

「おめでとうクリス、これでクリスも、私たちの家族だね」
「ありがとうトルタ、これからもよろしく」
「うん!よろしくね、クリス義兄(にい)さん!」
私は悪戯っぽくそう呼んでみる。
クリスは少しうろたえながら苦笑する。
「に…兄さんってのは…」
「どうしたの?アルと結婚したんだから、クリスは私の義理の兄さんになるのよ?」
「それは…そうだけど」
「あはは!冗談よ、クリスはどっちかって言うと、弟みたいな感じだったし」
「弟か…それもなんか嫌だなぁ」

そうして私たちは笑いあった。
元々家族ぐるみの付き合いだった私たちの関係は、これからも変わることはないだろう。

「クリス…アルのことを、よろしくね」
「大人しくて控え目で、何ごとも遠慮がちなくせに、自分で決めたことは譲らない、強情な性格だけど」
「泣き虫なのに、誰よりも優しくて、いつも私達のことを見守ってくれていた」
「私の大切な姉さん…アルのことを」

 『絶対に、幸せにしてあげて』
 『…うん、約束するよ』

――クリスは、はっきりとそう言った。

 

そんなクリスの言葉に頼もしさを覚えていると、
こちらの姿を見つけたコーデル先生が、声を掛けてきた。

「クリス、結婚おめでとう」
にこやかに微笑む先生。
「ありがとうございます、コーデル先生。遠くピオーヴァから来てくださって、本当に感謝しています」

「気にしなくていい。手が掛かる受け持ち生徒だった君の祝事だ…それにしても、君が卒業してからもう1年半以上になるか。早いものだな」
「色々と君には聞きたいこともあるが、こんな祝いの場だ。こちらから伝えるべきことだけ伝えておこう。アーシノのことだ」

コーデル先生はクリスの唯一の友人であったアーシノの話を切り出した。

「アーシノとは…まだ連絡が取れないんですか?」
「ああ、詳細は伝えていなかったな。アーシノは卒業後、私の下に付いて助講師をやっていたんだが、今はその仕事も辞めてな…旅に出ている」
「旅…ですか?」
「ああ、行先も告げずに、何処かへと行ってしまったよ」
「……」
「彼にとっては、勇気を振り絞っての決断だったのだろう。私も初めは心配していたのだがな」
「彼もようやく自分で自分の進むべき道を見つけられたのかもしれない。今は、そう思うことにしている」
「…そうですか。それなら、仕方ないですね」

コーデル先生の言葉から、アーシノが単に旅行に出ているわけではないということは伝わってきた。クリスもそれを察したのか、短い言葉でそれを受け入れた。

アーシノ。
私にとっては、最後まで鼻持ちならない男ではあったけれど、クリスは存外と彼のことを気に入っていて、今でも親友と思っているようだ。
それはつまり、少なくともクリスにとっては
3年間ずっと、アーシノは良き友だったということだ。

今となっては…私は彼にも感謝をするべきなのかもしれない。

「コーデル先生は、今もフォルテール科で講師をされているんですね」
私はコーデル先生に話を振る。
「ああ、それが私の、やるべきことだからな」
「今はとある女生徒を受け持っていてな。これがなかなか筋が良い。クリスと違って素直で真面目な子だ」

クリスは少し苦笑しながら返す。
「そんな子なら、あまり厳しくしないであげてくださいね。コーデル先生」
「必要でなければ、私もそんなことはしない」
少し口角を上げて微笑みながら、コーデル先生は答えた。

「さてクリス、今日は久しぶりに君のフォルテールを聞くことができるのかな?」
先生は横目で会場の端に設置されているフォルテールを見てそう言った。

「はい、もう少ししたら僕が弾こうと思っています、それと…」
クリスは私に目配せをする。
「私も、歌わせてもらうつもりです」

「ほう、トルティニタがか。それは楽しみだ」
「なら君の姉であるアリエッタさんも一緒に歌うのか?」
何気ない先生からの質問に、私たちは顔を見合わせて笑った。


それからしばらく後。
会場脇のフォルテールの前に私とクリスは立った。
アルは最前席の椅子に座り、私たちの演奏を待っている。

ピオーヴァ音楽院を卒業した2人の生演奏。
参列者の皆も集まり、私たちを待ってくれている。

一筋の風が吹く。
空は、二人の幸せを祝うかのように晴れ渡っていた。

「いくよ、トルタ」
「うん、クリス」

視線を交わし、呼吸を合わせる。
クリスのフォルテールの音に乗せて、
私は歌い始めた。

卒業演奏では叶えられなかった。
クリスと二人でのアンサンブル。

私たちが選んだのは、愛を伝える曲だった。

この結婚式に集まってくれた隣人たちへ。
見守り、支え続けてくれた大切な家族へ。
そして、これから家族となる、大切な人へ。

――ありったけの愛を込めて、私は歌った。


 

数曲を歌い終えて私は頭を下げる。
会場は拍手と歓声に包まれた。

演奏後、再び食事会が続く中
コーデル先生が私たちに声を掛けてきた。

「クリス、トルティニタ。…素晴らしい演奏だった」
「今の演奏であれば、ピオーヴァ音楽院の卒業発表でも文句なしの評価を受けただろう。私が保証する」
「…ありがとうございます」
演奏に関しては厳しい評価を下すコーデル先生の最上級の褒め言葉に、私たちは感謝を伝えた。

「クリス。それにしても君のフォルテールの音色が、ここまで変わるとはな」
「卒業発表でも驚かされたが、今の演奏はそれ以上に、かつての君の音色とはまるで別人のようだった」
「何が君を変えたのか……いや、それは聞くまでもないことだったかな?」
コーデル先生はクリスの横に立つアルに目線を向けた。

「アリエッタさんですね。初めまして、ピオーヴァ音楽院でクリスさんを受け持っていたフォルテール科講師の、コーデルという者です」

アルは一瞬ハッとしたような顔をしたが、すぐに笑顔に戻りそれに応えた。

「初めまして、アリエッタです。今日は遠い所からお越しいただき。ありがとうございます、コーデル先生」

それからしばらくの間、私たちは4人で和やかな会話を交わした。
アルが自分を呼び捨てで構わないと先生に伝えると、先生はいつもの口調に戻り、改めて二人の結婚を祝す言葉を送ったのだった。

「アル、疲れてはいない?」
「うん、平気だよ。それに、後で一緒にクリスとも踊りたいんだ」
アルを椅子に座らせ、体を気遣うクリス。
姉さんは元気そうだったけど、私も一言付け加えた。
「でも無理はしないでね。もう一人の体じゃないんだから」
「うん、ありがとうトルタ」
姉さんはそう言って、そっとお腹に手を当てた。

「おや、まさか君は…」
コーデル先生は少し驚いていた。

――まだ、見た目ではほとんど分からないけれど
――アルのお腹の中には、クリスとの子供がいる

妊娠が発覚したからこそ、あわてて結婚式の予定を立てたという経緯もあった。

「そうか…ならば尚更おめでとう二人とも。クリスの子であれば、きっと音楽の才がある子になるだろう。ピオーヴァ音楽院に進学する時には、私に一声かけてくれると助かる」
「もう…気が早いですよ、コーデル先生!」

そうして、私たちは笑いあった。


それからも、楽しいパーティーは続いた。

私はアルとクリスと共に歌を歌い、踊りを踊った。
街の写真屋さんに、写真もたくさん撮ってもらった。

特に、教会前の草原でクリスが跪き、アルに愛を告白するシーンを撮った時などは、二人とも撮影であることを忘れるように互いを見つめ合っていた。
それはまるで、一枚の絵画のように美しかった。

『アリエッタ、僕は一生…君を愛すると誓うよ』

幸せな結婚式と、賑やかなパーティー。
笑い声の溢れるその宴はその後、
日が落ちた後までも続いたのだった。

その日の出来事は、それからもずっと、
私にとって忘れられない、

かけがえのない、思い出になった。


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