汽車の窓から外を見ると、
そこには抜けるような青空が広がっていた。
もうすぐ町に着く。
私の生まれた町、私たちの生まれた町に。
『トルタ、急いで帰ってきて欲しい。』
余程急いで書いたのだろうか、手紙にはその一文のみが記されていた。クリスが姉さんの元へ戻って、二日後に私に届けられた速達の手紙。差出人を見なくても、クリスの書いた物だということは一目で分かった。
そして、それがどういう事を意味するものなのかも。
今年に入ってから姉さんの具合が良くないということ。それは分かっていた。
これ以上意識の無い状態が続けば、もう長くは持たないということも。
そして、どんな結末を迎えたとしても、
私には…もうどうすることも出来ないということも…
――ただ、姉さんにはクリスがいる。
それだけは、変わらない事実だ、
今までも…そしてこれからも。
そんなことを考えながら、汽車が故郷の街に着いた頃にはもう昼を過ぎていた。
受付を通さずにまっすぐに病室に向かう。
何度も足を運んだ、間違えるはずのない病室。
「…アル!」
その扉を開けると同時に、私はその名前を呼ぶ。
けれど部屋の中には、空っぽになったベッドが一つ置いてあるだけだった。
「………」
それを信じたくなくて、病室の扉の横にある部屋番号をもう一度確認する。
でもそこは、アルが眠っていた病室に、間違いなかった。
「……そんな」
私は暫くの間、その前で呆然と立ち尽くした。
ここに来る前は、涙なんて、何もしなくたって流れてくるだろうと思っていた。
「…どうして…なのかな」
それなのに、私は涙を流せなかった。
それどころか、その時私の中には、安堵に似た感情すら沸きあがっていた。
「姉さん…」
「…あら?あなた、もしかして…」
不意に声を掛けられ後ろを振り向くと、一人の看護婦が立っていた。
「あなた…ここにいたアリエッタさんの妹さんね」
「…はい」
「良かった…それなら、伝えなければいけないことがあるの」
「……」
最後の宣告。
私は、一瞬耳を塞ぎたくなる衝動をこらえ、その先の言葉を待った。
「………はい」
「アリエッタさんは、三日前の朝方にね……」
『トルタ!』
その時、廊下の向こうから聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「……クリス…?」
「トルタ…来てくれたんだ」
急いで私に駆け寄ると、クリスは私の肩に手を掛け、
少し息を切らしながらそう言った。
そしてクリスは私の手を掴み、どこかへ連れて行こうとする。
「こっちだよ、トルタ」
「クリス…な、何?…ちょっと待ってよ…」
何のことだか分からずに、クリスに手を引かれるまま廊下を歩く。
「クリス…どこに行くの?ねえ、アルは…姉さんはどうしたの…!?」
収まらない心をぶつけるように問い詰める私に、クリスは少しだけ笑みを浮かべ、そして、見慣れない病室の前で足を止めた。
「…ここだよ、トルタ」
そう言ってクリスは、目の前の病室の扉を開けた。
部屋の中には白いベッドが一つ。
そして、その上で誰かが眠っていた。
そう、私の大切な人が…
「……姉さん」
無意識のうちに、私はそう呼びかけていた。
その言葉には、もう…永遠に応えがないと知りながら。
『……………トル…タ…?』
「……え?」
けれど、その声は…はっきりと私の耳に届いた。
『…おかえりなさい、トルタ』
それは、今までずっと聞きたいと願っていた、
懐かしい声だった。
「…姉……さん…?」
「……ごめんなさい、トルタ。…ずっと…辛い思いをさせてしまって…」
それは本当に弱々しく、かすれた声だったけれど、
開かれたアルの目は…はっきりと私を見つめていた。
「………あ……本当…に…?」
その現実を確かめるように手を伸ばし、アルの頬にそっと触れる。
指先には、確かな温かさが伝わってきた。
「姉さん……!姉さんっ!!!」
私はアルの体に抱きついて、声を上げて泣いた。
まるで、心の中にあった全てのものを吐き出すように。その涙は留まることを知らなかった。
「ごめんトルタ。最初の手紙で、ちゃんとアルのことを伝えられなくて…次の日になって、言葉が足りなかったと思って、もう一通書いて送ったんだけど…」
「いいよ、クリス。私だって実際にここに来なかったら、こんなこと…信じられなかったかもしれないよ」
枯れるほど泣いた後、医者の診察が入るということもあって、私とクリスは病院のロビーで今までのいきさつを話していた。
「それで、アルは…大丈夫なの?」
「うん。意識さえ戻れば、あとは栄養を取って安静にしていればもう心配は無いって、アルの主治医さんが言ってたよ。それですぐに病室も変わったんだ」
「……そうなんだ」
「昔のように動けるようになるには、長い時間を掛けてリハビリをしないといけないらしいけれど。…大丈夫。アルは必ず元気になるよ」
「うん…そうだね」
その後、私の両親やクリスの両親も、立て続けに病院に訪れた。お母さんとお父さんは私の姿を見つけると、すぐに駆け寄って抱きしめてくれた。
「トルタもよくがんばったね…本当に、よかった」って。
訪れた本当の安堵感と共に、私はこの奇跡を神様に心から感謝した。