それからの半年間は、本当にあっという間だった。
あれからピオーヴァには戻らず、アルの看病をすることになったのは、私自身が強く希望したことだった。
その間、いくつかの楽団からの招待があったけれど、私はその全てを断った。
私がアルの身の回りの世話を引き受けたのには、
アルのために何かをしてあげたいという理由もあったけれど、
ただ『アルの傍に居たい』という理由が一番強かったと思う。
この町で、いつも三人で一緒にいた頃のような温かい風景を取り戻したい。
空白の三年という時間を埋められるような…そんな未来を、私は望んだんだ。
――けれどそれは、私にとって、
――ひとつの「真実」を受け止めなければならない
ということでもあった。
あれから半年間。
アルの傍には、片時も離れずに付き添うクリスの姿があった。
病室に泊まることになったクリスは、アルのために献身的な看病を続け、アルもそんなクリスと共に、どんなに苦しそうなリハビリにも、一度も弱音を吐かずに懸命に取り組んだ。
そして、毎朝私が病室を訪れると。クリスのフォルテールの優しい音色が、部屋を包み込んでいた。
どんな時でも互いを労わり、励まし合い、寄り添う二人の姿。
二人はいつも、微笑みを絶やさなかった。
――クリスの笑顔。
私がずっと欲しがっていたもの。
三年間、ずっと手に入れることができなかった、
本当のクリスの笑顔。
それは今、アルに向けられていた。
クリスの愛する『アリエッタ』という少女に。
私にはそれが、ひどく…羨ましく見えた。
三年間の辛さや痛みなんてものは、アルが戻ってきてくれたことだけで、忘れてしまえていた。
いつしか、希望を持つことすら許されなくなってしまった未来は、信じられないほどの奇跡と共に訪れ、現実になったのだから。
私はもう、嘘を吐く必要はない。
クリスが全てを思い出した日。
アルが目を覚ましたと知った日。
その時に、全てから解放されたと…そう思っていた。
でも…
だけど、ひとつだけ、
どうしても、消えてくれないものがあった。
だってそれは『嘘』なんかじゃなく、
私の中にある…たった一つの
『本当』の思いだったのだから。
それは、アルの退院を一週間後に控えた夕暮れ時。
献身的な看護と懸命なリハビリのおかげで、アルの体は、もう一人で歩くことが出来るほどに回復していた。
「よく頑張ったねアル。あとは退院の日を待つだけだよ」
ベッドの上に腰掛ける姉さんに、クリスは優しく話しかける。
「うん。…でも、今まで頑張れたのは、私だけの力じゃないよ。クリスやトルタがいつも側にいてくれたから…」
「元気になったら、アルはまず何をしたい?」
「…何だろう?急に言われても思い浮かばないけれど…私は、クリスの側にいられるなら、それだけで十分だよ」
そんな言葉に少し顔を赤くするクリス。
「…それにしたって、何か一つくらいあるだろう?」
「えっと、それなら………それなら、三人でピクニックに行きたい」
柔らかく微笑みながら、姉さんは遠慮がちにそう言った。
「ピクニックか…」
「昔はよく行ったよね、近くの山や湖にも」
「そうだね、僕ももう一度行ってみたいと思う。…トルタはどう思う?」
「…え?」
――そう尋ねられて、私は二人の話を上の空で聞いていたことに気がつく。
「う、うん。そうだね、私もいい考えだと思う」
とっさにそう返事をする。
「よかった!それなら、今度必ず行こうね、クリス、トルタ」
「うん、約束するよ」
そうして、また二人は微笑んだ。
「………」
(…どうしてだろう)
(こんなに近くで微笑んでいる二人が)
(どうしてこんなに…遠くにいるように感じるんだろう)
何よりも希望に溢れる、幸せな未来。
それは私がずっと望んでいた「風景」そのものだった。
それなのに
私はただ、それを遠くに眺めていることしかできないでいた。
『……でも、行くのなら…二人だけの方がいいんじゃないかな』
「「…え?」」
その言葉に、二人は合わせたようにそう呟く。
私は目を伏せて言葉を続けた。
「だから、私が一緒に行ったって、邪魔になるだけじゃないかなって思うのよ…」
「……トルタ…」
そう言ってしまった後に、私は後悔をした。
それでも私は…その言葉を訂正することができなかった。
「…わ、私ちょっと、散歩に行ってくるね…」
悲しそうな顔をするアルを横目に見ながら、
その場に居たたまれなくなった私は、逃げるように部屋を飛び出した